2012・5・18
私のPCはまだ2台目、初めは富士通のPCで2000年の夏に購入し、プリンターも入れて約30万円くらいだったような気がする。でも、これは3年くらいで壊れてしまった。
壊れるまでにも何度もサウンドがでなくなってサービスセンターに電話をしたり、結構世話のかかる機械だった。ふ・・・ん、PCってそんなに長持ちしないものなんだと思い、
2台目はものすごく安かったSOTECというメーカーで8万円もしないものを買った。すぐ壊れるかと思ったら、実に2012年の今、まだ無事に使用できているのだ。
でも、写真や音楽のファイルがどんどん増え、Cディスクはもう1ギガをきるばかりになってしまった。マイピクチャーなどはDディスクに移したけれど、残容量は少ない。そこで機械音痴の私はあまり使っていないプログラムを削除することを考えた。どのプログラムが不要なのかもよくわからないまま削除したのがオーディオデバイスだった!!
当然、音がでなくなり、コントロールパネルのサウンドの項に「サウンドデバイスなし」と表示された。あ・・・あ。もう息子は寝ちゃったし・・・午前0時30分。でも、このままじゃあ、眠れないなあ。私はPCでよく音楽を聴くので、音が出ないのはとても困る。
なんとかしなくっちゃ・・・。検索で「サウンドデバイスなし」と入れたら私と同じようにCローカルディスクを軽くしようとしてよくわからないままサウンドデバイスを削除してしまい困っている人がたくさんいた。それらの質問にPCをよく知っている人が回答していた。
はじめにチャレンジしたのが、マイコンピューターのプロパティ⇒ハードウエアのデバイス⇒デバイスマネージャー⇒サウンド・ビデオ・ゲームコントローラー内のサウンドデバイスを一度削除してパソコンを再起動すると適切なサウンドデバイスがインストールされるというものだった。メモしてやってみた。でも「不具合がありインストールできない」という意味の表示が出て失敗。
次にいろいろ調べているうちに削除したのは、Realtekのサウンドチップということがわかって、そのメーカーが出しているページに行って削除した「Realtek AC97Audio」というデバイスを再インストールしようとした。ページは見つかってWindowsのOSごとにダウンロードできるようになっていたのだが、どれをダウンロードするのかわからない。「アメリカ西部用」「アメリカ東部用」「イギリス ロンドン」「香港」「中国」と分かれていたが、Japan用がなく、結局怖くてダウンロードはあきらめた。午前2時。もうリカバリするしかないのか・・・。CD―ROMはあるはず。でも何もかもが白紙になるのだときいたことがある。
また回答例をいくつも読んでいると、「パソコンを過去の状態に戻す」というのがあった。
え?過去の状態に?おもしろい!説明を読みながら進んでいった。アクセサリ⇒システムツール⇒システムの復元⇒カレンダーで日にちを選ぶ⇒復元ポイントを設定する⇒OK
わたしの復元ポイントは昨夜の23:27になっていた。このとき、デバイスを削除してしまったのだ。その時点にパソコンを戻す。タイムスリップするのだ。
すごい!パソコンはその時点の状態に戻って、つまり私がサウンドデバイスを削除する前の時間に戻って、音が聞こえるようになったのだ!!!
PCに詳しい人は笑うだろうけど、私にとっては大冒険の2時間半だった。音が出るようになり、グレン・グールドの1081を聴いて寝たのは午前3時・・・・。
それにしてもパソコンは不思議・・・過去に戻れるなんて・・・・すごい。私にもいくつか復元したいポイントはあるんだけれどなあ。(笑)
ああ、もうむやみにプログラムを削除するのはやめよう。
連休の最終日、音楽会に誘っていただいた。昨年出来たわが町のホールの開館一周年
記念公演で、西本智実さんがタクトを振るマーラー交響曲第2番「復活」。西本さんは
話題の人で、テレビとかでは見た事があったけれど、実際に聴くのは初めてだった。
マーラーの音楽は、あの「ベニスに死す」で有名な交響曲第5番第4楽章アダージエ
ットぐらいしか知らなかったけれど、弦楽器だけで70人以上100人近いオーケス
トラ(日本フィルハーモニー交響楽団)で演奏される音楽はとても迫力があり、80分
という時間もあっという間に過ぎてしまった。フルート、トランペット、ファゴット、
オーボエ、ホルンなどの管楽器のソロも美しく、第4,5楽章の声楽もすばらしかった。
メゾソプラノの柔らかく響き渡る魅力的な声が歌う。「人間は大きな苦難に閉ざされ
ている。自分はむしろ天国にありたい。一人の天使が私の行く手を遮ろうとするが、
自分は神から来て、神へ帰らなければならない。愛する神は、自分に光を与えてくれる
だろう・・・・。」
300人近いバックコーラスも迫力があった。一般からも募集して選考したようで
友人の知り合いの方も出演されていた。マーラーが歌えたら素敵だなあ・・・。
マーラーは古典的なオーケストラに挑戦状をつきつけたとあったけれど、まさに
オーケストラの魅力を十二分に引き出していると私でさえ感じる事ができる曲だった。
西本さんは、長身で美しい方、その話題が先行していろいろなことも書かれている
けれどとてもきりっとした細やかな指揮で、好感が持てた。私はオーケストラの指揮
についてはよくわからないけれど、数日前、東京音楽大学の指揮科の学生さんが、
卒業試験に指揮をする場所が「死刑台」と言われていて、そこでは全人格がもろに
出ると厳しく指導されている番組を見た。スコアが全部頭に入っているだけでは勿論
だめで、指揮をしながらそこで自分が音楽を新しく創り出していくのだと指導されて
いた。小澤さんが言葉のわからない外国人のオーケストラと音楽を創っていく番組も
見たけれど、音楽を通してコミュニケートしていく力はすごいと感動した。指揮者は
とにかくものすごいエネルギーのいる仕事だ。西本さんもがんばってほしい。
2012・5・5
久しぶりに映画を見に行った。
井上靖が40年前に書いた自伝的小説「わが母の記~花の下・月の光・雪の面~」を
映画化したものだ。この映画はモントリオール世界映画祭で審査員特別グランプリ
賞をもらったそうで、前評判もよかった。
5歳から8年間、曽祖父の妾のおぬいに育てられた主人公は、今は売れっ子作家だが
ずっと母に棄てられたと思い込んで生きてきた。父が亡くなったあと、母はどんどん
記憶をなくして行き、長女の暮らす伊豆と主人公の住む東京を行ったり来たり、会話
も次第に成り立たなくなっていく。自分を棄てた母を許していないけれど、夫と暮ら
した記憶もほとんどなくしてしまった母・・・。何年かしておぬいの50回忌の法要
が営まれる。母が口にした。「あの女に預けたのが間違いだった・・・」育ててくれた
おぬいを慕っていた主人公は母を問い詰める。「お母さんは息子を置き去りにしたんで
すよね!」母はそれに応えず主人公が孤独な少年時代に作った詩を暗誦し始める。
少年が詩を書きとめたノートの切れ端を大事に大事に財布にしまって覚えるほどいつも
読み返していたのだ。その母の気持ちを初めて知った主人公は号泣する。
この場面は本当に泣けてしまった。主人公といっしょに号泣。役者さんたちがまた
みんなうまかった。主人公の作家に役所広司、母は樹木希林、作家の三女に宮崎あおい
母と作家、作家と娘たち、その親子の関係の心の機微が表情や台詞に的確に表現され
心にすとんと落ちてくる。環境が違っても親子の感情は万国共通のものだから、海外
でも理解され評価されるのだろう。それに冒頭のBGにバッハのBWV1041
(第2楽章)が使われていた。作者の心情を映す伊豆の風景ととても良く合っていた。
音楽は富貴晴美さんという若い女性の作曲家、カメラも芦澤明子さん、そうそう監督
は「クライマーズ・ハイ」の原田眞人さん。
井上靖は国民的作家と呼ばれている。私も教科書に出ていた「しろばんば」のほか、
「氷壁」「敦煌」などは昔、読んだことがある。そのときは、確かに計算された構成
や文章に感動し、すばらしい作品だとは思ったけれど、もっと違う味わいを求めて
いたあの時代の私には、それ以上のめり込む作家ではなかった。この映画を見たの
で、「わが母の記」のほか、作家の少年時代の思い出を書いた作品「しろばんば」
「夏草冬涛」「北の海」等をまた読み返してみたいと思っている。
2012・5・2
10日ほど前、友人から「ね、行って見ない?」とお誘いがあった。新聞に紹介
されていた石神井川を遊歩道沿いに板橋から王子まで歩く散歩。
「石神井川?」私が以前住んでいた保谷市(現在の西東京市)に流れていた川だ。
東京に来て何年かした台風のとき、石神井川は氾濫して東伏見のあたりは水浸しに
なり、その川を見に行ったことがある。京都でいうと紙屋川級の小さな川だった。
でも、それから25年間、その地に住んでいたのに、その川がどこから流れてきて
どこへ流れていく川なのか、知ろうともしなかったのだ。
え?その川は板橋の方へ流れて行ってたの?初めて石神井川を調べてみたら、花小
金井の湧水が源流で小金井市⇒西東京市⇒練馬区⇒板橋区⇒北区と都市の住宅街を
流れ、隅田川に注いでいる川だった。あの川は板橋のあたりではどんな川になって
いるのだろう。急に楽しみになってきた。
高校時代の親友4人と、昨年大学を退職されたS君夫妻を交え、6人が板橋区役
所に集合した。私はせっかくネットで調べた地図や資料を忘れ、ちょっと落ち込ん
でいたら、ちゃんとUSAKOがカラーの地図を持ってきてくれた。ついでにと渡さ
れた新聞記事が黒井千次さんの「物忘れと思い込みの比例」というもの。ふう、
なんとタイミングのいい助け舟!
旧中仙道をしばらく歩き石神井川にぶつかると、区名の由来「板橋」。日本橋から
二里二十五町という立て札が立っている。(板橋宿)石神井川は西東京市より、かな
り大きな川になっていた。両岸はS33年の氾濫を契機に深く掘り下げられ、コンク
リートで固められた都会の川だけれど、両岸は桜の木、なら、こぶしなどの木々がび
っしり植えられた緑道になっている。桜の季節には水面がピンク色になるとか、今は
桜の木は大きな枝を川に向かって伸ばし、緑一色になっていた。
1時間ほど歩くと加賀藩の庭の築山だったという公園についた。Kちゃんが朝早く
起きて作ってかついできてくれたご馳走を広げ木陰での宴会が始まった。今日は、
外食にしようと言っていたのに、「絶対、こっちのほうが楽しいって!」と用意して
くれたのだ。ありがと、ありがと!そのとおり、おなかいっぱい食べて飲んで、
しゃべって・・・幸せを実感する時間だった。しめくくりはいつも決まって「だれも
欠けたらあかんえ。ぜったい、ちゃんと食べて、運動して、働いて、元気に生き
る!わかったな。」
ああ、いい仲間がいてありがたいこと、幸せやなあ・・・と再確認する。
そこからまた川沿いに緑道を歩いて音無橋というところまで来た。川は北に曲って
流れていったが、私たちは「飛鳥山公園」にはいり、そこから都電で大塚へ。
大塚について偶然はいったお店がまたとても素敵だった。全国の地ビールを
売りにしているのだけれど、お酒もものすごくたくさんの種類が用意され、お酒の
味にうるさいメンバーが約3人、いろいろ注文をつける。「すっきり」「こくがある」
「あとくちのいい」・・・そのリクエストにちゃんと応じて「うまい!」と言わせる
お酒を出してくる。さすが・・・山形、島根、鳥取、奈良のお酒、などなど何種類も
お気にいりの銘柄が発掘できてご機嫌。
本当に楽しい一日だった。誘ってくれてありがとう・・・。
あとは石神井川が隅田川にそそぐ、その場所がちょっと気になる。またいつか・・・。
2012・4・28
とにかく寒かった今年の春も、ようやくそれらしくなってきました。
エンレイソウ(延齢草)が山の半日陰に沢山咲いています。自生している
のは赤紫の花色だけ。白花エンレイソウを買って植えてみても消えて無く
なってしまいます。白花は弱いのか、この土地に合わないのか。エンレイ
ソウも下を向いて咲くので写真に撮りにくくしゃがんで撮りました。
日当たりの良い部分に出ているのがユキザサ(雪笹)。白い花がほのかに
顔を出しています。
エンレイソウもユキザサも、この山を譲り受ける前にはこんなに身近にあ
るとはわからず、山野草売り場で一株1,000円とかで買っていました。庭に
植えたらエンレイソウは消えてしまい、ユキザサは生き残っています。山
に行き、目の前にある山野草を「これを売ったらいくらになるかな~」
なって換算することが時々あります(笑)
ピンクのショウジョウバカマは庭に植えていたものを山の沢沿いに植え替
えたものです。庭で咲いていた頃よりも、ずっと大きくきれいに咲くよう
になりました。環境が合ったのでしょうね。
我が家の梅もようやく咲き始めました。モクレンは満開までもう少し。
2012・4・24
私にはときどき音楽や本の感想などを話し合う大切な若者の友がいる。
先日読み終えた五木寛之氏の本の話をしたら、「読んでみたい・・・」ということで「1100円を出して買うほどの本じゃなかったけど。」と言ったら「え?そうなの?」
と言いながら持っていった。あっという間に読み終えて感想が届いた。
うん・・・・よかった。若者が五木氏の考えに共感したら、ちょっと悲しいと思って
いたからだ。こんな考え方もあると読んでくれたらいいと思っていたが、彼はしっかりと自分の考えを持っていて、五木氏の考えを批判してきた。
五木寛之 新・幸福論 を読んで
まずこの本のタイトルは、悲観論、脅迫論としたほうがしっくりくる感じです。
悲観的なことを述べるだけ述べておいて、自分はもう80歳でこの先長生きする
つもりはありませんなんて、かなり無責任な感じがしました。
著者はマイナス思考の人間とのことですが、青い鳥が最後に飛び去ってしまった
ことに対する著者の解釈は、作家らしいというか、感傷的というか、かなりネガ
ティブな考え方のように思います。
青い鳥が最後に飛び去ってしまったのは、幸福は当たり前にあるものではなく、
自分たちで育むものなのだというメーテルリンクの人間が生きて行く上での力
強いメッセージではないでしょうか?幸福はだまっていてやってくる(飛んで
くる)ものではない。自分で求め捕まえるものなのだよと。
確かに今の日本は経済的な二極化がすすんではいますが、価値観の多様化も
同時に進んでいます。昔はエリートコースに乗って出世することが最良とされ
てきた。しかし目標はそればかりでは決してなく、色々な所に色々な人生の
価値観を見出す者が多くでてきた。もちろん今まで通り出世街道に乗ってバリ
バリやりたい者はやればいいし、そこに価値を持てない者は登りたい別の山を
探せば良いのだと思います。
物質的な豊かさ、富のみが幸福の尺度ではない。著者はしきりに二極化を強調
しているが、よく言われるように金があるから幸せなのかというとそうではな
い。人間の欲望は限りがないので、物質的金銭的なものに幸福を求める人はい
くら稼いでも一生幸福は感じられないでしょう。また貧乏イコール不幸かとい
うと必ずしもそうとは言えないのでないか?
一番大切なのは、幸せと感じられる心を持つことなのでは?
著者がいうように現在の日本には、様々な問題が山積している。簡単には解決
できない問題も多い。それでも人間には知恵がある。人間は学びそして変わる
ことができる。現に震災を契機として人の心や価値観、産業にも色々な変化が
出て来ている。皆が自分の能力の範囲内でできることをやればよい。ジョン・
レノンの詩にある イマジン のような世界は現実には不可能な理想郷なのかも
しれないが、僕は人間を信じたい。
好きな言葉のひとつに相田みつを氏の次の言葉があります。
“しあわせはいつもじぶんのこころがきめる”
12/4/23
2012・4・21
4月初め、一緒に暮らしていた娘とその息子(2歳半)が娘の連れ合いの勤
務地である藤沢市へ引っ越して行った。娘が育児休暇明けで出勤するよう
になってからの1年半、私は主任保育係を命ぜられ半年は自宅で、あとの一
年は保育所にお世話になりながらであったが、孫育て中心の生活を送って
きた。ようやくその役目から解放された。
幼児のオモチャや本や衣類等でずいぶんとゴチャゴチャしていた家の中が
すっかり片付きスッキリしたものの何だか温かみが無くなった感じ。
仕事もマイペースでやれるようになったけど、時間の制限がなくなった分
要領が悪くなったような気もする。
家族が家の中で笑うことが少なくなってきたことは確か・・・。
娘達へこれから私ができることは畑の幸や産直で買った産品を詰めた「ふ
るさと便」を送ること。蕾がふくらんできた水仙さん達、明日の午前中に
届くまでネギの臭いで大変でしょうけどダンボールの中で我慢してね。
そうそう、創君が忘れていった救急車のミニカーも一緒にいれたからね。
(涙・・・ポロポロ)
2012・4・13
今年はなかなか暖かくならなかった。4月にはいっても、桜の蕾は固いまま、これでほんとうに咲くのかなあ・・・と思っていたけれど、8日ごろには桜の木々がぼんやり赤くなって今、いっせいに花開いた。やっぱりずっと息を潜めて開花する日を待っていたのだ。
やっといつもの春の風景・・・。今春はどこにも桜を見に行かなかったから近所のお花見。配り歩くわかめをリュックに入れてデジカメを手にのんびりと出かけた。
花々はみんな待っていたのだ。どの花も精一杯に咲いている。桜や椿、モクレン、レンギョウ、ツツジ、雪柳・・・それだけではない。道端にはタンポポ、カラスノエンドウ、いぬふぐり・・・
そしてふと高い木を見あげると、そこにはもう次の季節が待っていた。光る若葉が風にまぶしい。
このブログで東北の「福幸手拭い」を紹介させていただいたら、京都の小学校時代の友達や中学時代の友達、そして大阪に住む旧友が手拭いを買ってくれた。うれし!ありがとうございます!
日本手拭いというのは、昔は使っていたような気がするけれど、今ではタオルばかりで、
どこかにお芝居を見に行った時とか、観光地できれいな風景の染め上げられたものをたまに買うくらいで、それもタンスの奥深くにしまったままだった。
今回、この日本手拭いの端が処理されていないのは、すぐに裂いて非常時に包帯や三角巾として使えるとか、水切りをよくして乾きやすくしてある等の理由があることを知った。
また寒い時には首に巻いたり、陽射しよけにもなると話していた人もいて、私もいつも持ち歩くリュックに一枚入れるようになった。
京都に住む中学時代の友人が、「こんなふうに使って遊んでいます。」と写真を送ってくれた。私の発想にはなかった装飾インテリアとしての使い道、楽しみ方!・・・・なぁ~るほど・・・ととても参考になった。Kちゃん、ありがとう!
こんな風にも使えますよ・・・と紹介したら、もっと買ってくださる方も増えるかな。
私は夫の入院で行けなかったけれど、京都から13人も来てくれた関東組との合同同窓会(隅田川のお花見)でアコママさんがまた紹介してくれ、京都の友人たちが買ってくれたとか
この場を借りてお礼を申しあげます。ありがとうございました。
Kちゃんのおたよりから
急いで写したので上手く撮れてないですが白鳥は額が無かったので、コードを隠す物を代用しました。横も付けると立派な額らしくなります。(色を付けても良いかも。安上がりでよかったです) さんまはテーブルに敷きました。(テーブルの上には透明のビニールが敷かれています)こんな事して遊んでいます。
2012・4・7
私が「幸福というもの」をUPしたちょうどその日、五木寛之さんが
「新・幸福論」という本を出版されると新聞の広告に出た。わあ・・・タイムリー
早速病院の帰りに本屋さんに立ち寄ってその本を手にとった。本のカバーにあった
「・・・わかっているのは、いま新しい幸福観が生れつつあるということです。」
という言葉に惹かれて本を買った。
書き出しは「幸福の国ブータン」五木さんは2006年にブータンを訪ねられたそ
うだ。自然の壮絶なまでに苛酷な風土、ものの考え方も生活習慣もまるで違うこの
国がブームになるのは、我々が今「逢魔が時」に生きているからだと氏は言う。
自然災害と汚染の国土の中で、ぼんやりとした不安の荒野を背に、幸福でもない不
幸でもないあいまいな状態で闇の入口に立っている・・・。
メーテルリンクの「青い鳥」のラストシーンは、せっかく手に入れた青い鳥が
籠から逃げてしまうところで終わっている。氏は一億総中流、原子力の平和利用、
福祉社会、高度成長という幸せの「青い鳥」が飛び去ったあとに呆然と立ちつく
すチルチルとミチルのような状態にあるのが今の我々の姿だという。真実は常に
残酷なもの、でもそこから出発するしかない。
さらに今、日本に新しい身分制度が生れつつあるのでは・・という提言。上流
と下流、この二つの世界があらわになってきつつあり、人々はその世界(下流)
での幸せを追求し始めている。そして幸福というものを艱難辛苦のすえに獲得し
ようとはせず、そこそこの幸せに満足するという傾向があり、それが社会の活力
をなくしているとも述べている。
さらにさらに「長寿は幸福か」という章では予想通りだけれど、「長寿地獄」
「尊厳死と言われるような自ら世を去るという考え方についてもこれはある意味
での必然かも・・・」とまで書かれていた。
最後の章は「絶望のなかの小さな幸福」というのでアウシュヴィッツの極限状態
の人間を支えたのは、強い信仰や偉大な思想とかヒューマニズムといったものだ
けでなく、護送車の鉄格子から見えた夕日の美しさに感動する心や苦しい中にもユ
ーモアを忘れないといった人間らしい豊かな感情だったとフランクルの「夜と霧」
の引用で述べられている。
あ・・・・あ、読み終わって溜息の出る幸福論?だ。確かに、確かに五木氏の
語られていることは事実に近い気がする。でも、まだうす暗がりの闇のなか
に別の光を求めている自分がいる。そうなんだけど・・・でも・・・・と。
始めに気になった「新しい幸福観」とは何だったのか。
おわりに・・・の中にそれらしき答えがあった。
「幸福のイメージは、時代とともに変る。世代、男女、民族、職業によっても
異なる。百万人の人間がいれば、百万通りのちがう幸福がある。・・・・・わか
っていることは、いま新しい幸福観が生れつつあるということ。一般的な幸福
というものはない。それぞれに自分の幸福を手探りで探すしかない。それを試
みる自由があるということ、それが何よりの幸福だと思われてなりません。」
そうなんだ。幸福論の中に絶対的な核心をついた幸福観があるというのは錯覚
に過ぎない。それがわかっているのに何かに頼ろうとする自分が愚かしい。
ともかく、現代は今まであった幸福の幻想が少しずつ消え行き、それをいやでも
自覚しなければならない時代にさしかかるということは、納得できた。
五木さんが若い人に「五木さんの時代はよかったですよ。・・・」と言われたと
いう下りがあったけれど、本当にこれからの若い人たちはたいへんだと思う。
それでもまたその世界の中で、自分なりの幸せを追求し、たくましく生き抜い
ていってほしいと切に願う。
◆目次◆ 幸福と不幸のあいだに
幸福の向こうに見えるもの
青い鳥の去ったあと
目に見えない世界の真実
新しい階級社会での幸福
努力して幸福になれるか
出世と幸福の関係
長寿は幸福か
絶望のなかの小さな幸福
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