編み物はじめ(Non)

2019・11・14

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かぎ針編みは昔から好きで、時間があると時々やっていた。

でも、棒針の編み物は、時間がかかるので、孫のセーターやベストを

これも時々、編む程度だった。

 

今年はどういうわけか、棒針にチャレンジする機会があってたてつづけに

セーターを3枚編んだ。

「お母さん、そんなに肩がこることばっかりやっていたらだめだよ。」と注意されながら。

 

一枚目は野呂英作さんの毛糸の「あづみ」

二枚目は、ホビーラホビーレの編み図をハマナカのアランツイードを使って

三枚目は編み図も毛糸もホビーラホビーレ。

 

数日前、お歳暮の用事でデパートに行き、一番に手芸店によった。野呂さんの毛糸の

セーターを着ていたら、知らない人が声をかけてきた。

「それ、野呂さんでしょ。私、これ編んだの。」とスマホの写真を見せてくれた。

同じあづみで編んだハンドウオーマーだった。ふふ、いいじゃない。可愛い。

 

立川のユザワヤが高島屋に移転する話で花が咲き、「また、お会いするかもね。」と

分かれた。その人は、今、どんな毛糸がどこで安くなっているかなど、よく知っておられた。

 

早速、帰りに閉店間際のユザワヤにより、毛糸を購入、また編み始めた。春のベスト。

 

 

 

 

 

ようやく秋!(Non)

2019/11/8

やっと秋らしい空が見られるようになった。

 

 昔、いつも電車が一緒になるアメリカ人の先生がおられた。

教えていただいている先生なので電車を降りて学校までの10分ほど

なんとなく並んで歩く。

 

なんか言わなくっちゃ・・・でも英語が出てこない・・・

と焦ってつまらない質問をした。

春と秋とどちらがお好きですか?

と訊いたのだろう。

 

先生はにわかに饒舌になって自分は日本の春は嫌いだ。秋のほうがずっといい。

春はrainy・・・muddy・・・・と。

 

その頃の私は、春は生命力を感じる季節で、すべてのものが生き生きと花開き、

なにかしら希望を感じる季節で、秋は何となく寂しい季節のように

感じていたので、先生の現実的な回答に少しがっかりしたように記憶している。

 

しかし今、人生の秋も終わりにさしかかって、私はこの美しい季節がとても

好きになった。

すべてを静観し、澄み切っていく季節・・・・小春日和は神からのプレゼントだ。

 

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秋の富士(Non)

2019/10/19

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台風の被害が怖すぎて、その数日前の楽しかった記憶がうすれてしまったけれど・・・

 

ご近所さんと河口湖、富士浅間神社、忍野八海に出かけました。

午前中は、雲一つない青空で、バスの中から雪のない富士山がくっきり

見えました。

 

河口湖は、そう、オルゴール美術館です。

箱根のガラスの森美術館に似て、そこだけ小さなヨーロッパ。

コンサートホールでは、1900年代に制作されたオルゴール、また複数の楽器

の音が再生される自動演奏楽器に合わせて、オペラ歌手が歌うなど、魅力的な

イベントが盛りだくさん。

宮殿のホールで音楽に合わせて舞踏会が開かれる部屋いっぱいのオルゴールを

夢中でのぞき込んでいたら、

「あははは、Nさんごのみのメルヘンの世界だね。」

と笑われてしまいました。図星!

庭は、秋バラ、コスモスが満開で、心地よい風が吹いていました。

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昔はここで清めをして富士山に登ったという富士浅間神社。

樹齢千年近い杉や檜が鬱蒼と茂り、さすが厳かな感じです。

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今のような登山グッズもなく、情報も得られない状況で、

天候の変わりやすい危険な山に挑むのは、たいへんなことだったと思われます。

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忍野八海には、何度か来たことがあったけれど、今は中国の観光客で

あふれ、様子は一変していました。

そして買って帰ったおみやげが、笑える!

製造者は岐阜、商品は山梨の桃と静岡茶のコラボ、売っている人は高知県出身の

関西弁の人!お客さんのターゲットは中国の人・・・今は、そうなんだ・・・と納得。

 

 

台風、ドキドキ(Non)

2019・10・13

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「今までに経験したことのない驚異的な大雨と暴風」と台風19号については、何日も前から

報道されていた。

「いやだなあ・・・。」

進路予想図では、私の住んでいる地域直撃だ。

でも、風の進路を変える術はない。全て運命にまかせるしかないのだ。

 

今までの人生で記憶に残っている恐ろしい台風を思い出した。

子供のころ、すごいのがやってきた。雨戸のない窓には、大人たちがベニヤ板を打ち付け、

嵐の数時間は家の中で息をひそめていた。怖いもの見たさで格子のある窓からそっと外をのぞいた。

向かいの家の瓦が何枚も飛んでいき道路に落ちて大きな音を立てて割れた。

嵐の後の後片づけはたいへんだった。

 

東京に来て長男が生まれまだ半年もたっていないころ、やっぱりすごい台風がやってきた。

その頃住んでいた家は道路をはさんで南側に栗林が広がっているところで、風はまともに

南側の窓に吹き付けた。昔の家なのでサッシでなく、木の枠にガラスをはめ込んだ戸で、木の

雨戸はついていたけれど、強風が吹きつけるたびにたわむように膨れ上がり、夫が必死にそれを

抑えていた。

布団を積み上げ、その陰に赤ん坊を寝かせ、いつ風が戸を吹き飛ばすかとはらはらしていた。

 

その後も近くの地域が数日浸水するような台風に遭遇したけれど、やっぱり、あの台風が一番

怖かった。

しかし、「今までに経験したことのないような最大級の・・・」と繰り返され、恐怖は大きく

なっていった。

 

昔、布団の陰にいた息子が雨戸のない窓にガラスが飛び散らないよう段ボールや板を貼ってくれ、

庭にある飛ばされそうなものはすべて片付け、食料品も水もガスボンベも買い足し、ガソリンも

風呂の水も満タンにして嵐を待ち受けた。

 

 前日からこれでもか、これでもかと強い雨が降り続き、市内の川は、氾濫危険水域に達したとテレビ

や防災情報が伝え、風が強くなってきた。しかし、家の土台を揺るがすかと思う強風が吹いたのは

ほんの何回かで、嵐はやがて収まった。

 

 私の住む地域は、大きな災害はまぬがれたけれど、神奈川、長野、群馬、栃木、千葉、茨城、宮城

その他で、やはり大きな被害が続出した。ああ、たいへん・・・・

なんとか命は助かったとして、住んでいる家が被災しても、保険の補償はわずか、

再建を考えるのは、気が遠くなるほどたいへんなことだ。もう個人の力では、どうしようもない。

もう生きる意欲も失せてしまう。

  災害列島に住む我々が安心して暮らせるような仕組みを考えなければならない。

 

 

花の少ない夏・・・(Non)

2019/9/19

 

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今年は、ずっと長い雨が続き、夏用にと植えた苗が枯れ、

 

花の少ない庭に猛暑がやってきました。

 

 

 

がんばって赤をキープしてくれたのがキャッツテール、

 

そしてトマトは弱ったのに、紫蘇とバジルはとても元気で、

 

やわらかく香りのいい葉っぱをふんだんに食べることができました。

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今、急に涼しくなった庭に毎日咲いてくれるのがハイビスカスの原種

 

と言われる花です。近所の方から小さな苗をもらい、2週間ほどで

 

花が咲き始めました。これは、可愛い花だけど一日花、夕方

 

すぼんでしまいます。

 

 

 

でも、毎日7,8個は花開き、すがすがしい気分にさせてくれます。

 

 

 

そうそう、あの人が大好きだったミズヒキソウ・・・・白ではなくピンクと

 

赤しか見つけられませんでしたが・・・

 

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若きピアニスト イワン君(Non)

2019・8・30

 

 

Ivan Bessonov君は、以前紹介した「小さなピアニスト Elisey Mysin君」の先輩格、Astana Piano Passionのコンペでいつも好成績を残しているロシアの若きピアニストだ。

 

 

 

2002年生まれの17歳、彼は、昨年スコットランドのエディンバラで行われたEurovision Young Musicians 2018で優勝した。

 

 

2018・12・30にロシアで披露したチャイコフスキーピアノ協奏曲の画像はYouTubeでしか

見られない映像のようです。→https://youtu.be/mfRgbWqb4T4

 

 

 

Finalで弾いた曲はチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番、変ロ短調。

 

数年前は、少女のようにやさしい雰囲気のIvan君だったが、このステージでは、すっかり

 

男らしく成長し、演奏は力強さにあふれていた。頭脳が命令した音を彼の手は正確に受け止めて反応する。激しい音も繊細な音も見事に弾き分けて心地よく反応する。

 

さあ、これからどんなピアニストになっていくのか・・・。

 

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Ivan君には二人の弟がいる。ダニエル君とニキータ君、弟たちはヴァイオリニスト。そうそう、ママもヴァイオリニスト、パパはピアニストの音楽ファミリーなのだ。

 

弟たちとBessonov Brothersとして出演するときは、兄らしく目で合図を送り、伴奏で彼らの音を盛りあげる。

 

      (Semi Finalで弾いたのは、ラフマニノフのプレリュードやショパンの幻想即興曲など) ↓

 

 

2019年の夏(Non)

2019・8・18

7月はずっと雨続き、やっと梅雨明けしたと思ったら連日の災害級猛暑、今年の夏は

朝夕の爽やかさもなく、過ごしにくい気候でした。

 でも、なんとかこの猛暑を乗り越えられそうです。あと一週間の我慢。

 

  • 3年生のピアノ発表会

 今年はソナチネ4番の第一楽章を演奏しました。

「緊張してる!」って言ってたのに、ノーミスで教わった強弱も意識してとても

上手に弾けました。婆は真っ白になるほど緊張したのに、Aは平気、落ち着いていて

すごい!かなわないなあ。

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  • にいにの夏

 高2の夏はバレーボールの夏でした。菅平合宿に一週間、その後は夏季大会で連日試合、試合、婆も応援に行きました。冷房もない体育館に8校の部員たちがぎっしり、うだるような暑さの中で、みんな一生懸命プレーしています。

 昨年は、第一回戦で負けていたのに、今年はなんと都立高校ベスト8に食い込みました。ブロックにトスにアタック、何でも屋みたいだけど、なかなかやるなあ・・・。

 そういえば、小さい頃、スズランテープを部屋の真ん中に渡して、私と風船バレーを

よくやっていた。あの頃も粘り強く打ち返してきて、なかなかやるなあ・・・と思ったっけ。

 

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  • 上高地

 台風が来そうだというのに、貴重な休日を利用して上高地へ・・・

でも、ラッキー、雨に降られず自然を満喫してきました。

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  • 手芸

 クーラーの中、じっとしているのはもったいない。ひまわりの刺繍のあとは、あちこちの本からいいなあと思った図案で好き勝手に刺繍をしてみました。でも、出来上がりは、今ひとつかな。つづいてブローチ、また端切れでコースター・・・

この後は、みんなでポシェットを作る予定です。

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16日、京都の大文字焼きをBSで見て懐かしみ、17日は地域の子供たちのための花火大会をほんのちょっとお手伝い、今週末は地域カフェの当番・・・8月も残り少なくなってきました。

 

おしゃべりの梯子(Non)

2019・7・31

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長い間太陽が見られなくて、やっと梅雨明けしたと思ったら、連日35度近くの猛暑。

それでもめげず、「今日は久しぶりにみんなに会える・・・」とわくわくしながら吉祥寺に

向かった。

 

吉祥寺は、大昔から馴染みの街で、子連れで買い物や食事によく来ていたし、7年間仕事場として

通ったこともある。

でも、引っ越してからは、たまにしか来なくなり、昔ながらのお店も残っているけれど、少しずつ

変わって来ている。何より歩いている人がみんな若い!(笑)

 

 

今日は、この近くに住むUちゃんのセッティングでお食事会なのだ。60代には、月1,2回と頻繁に

会っていたけれど、年を取るにつれ、間があき、今は年に4,5回になってしまった。

前回は一人欠け、前々回はまた違う一人が欠けという具合だったけれど、今日は4人がOK.

 

 

待ち合わせ場所には定刻前に全員集合、まずは、少し歩いて予約しておいてくれたお食事の場所、

創業30年余りという落ち着いた雰囲気のステーキハウスに入る。ディナーはすごくお高いけれど、ランチなのでリーズナブル。でもお味はさすが・・・というおいしさだ。給仕の着物姿の女性が

「私がこれから申し上げる4つの種類のデザートから一つをお選びください。」と前置きして、長い名前のデザートを暗唱、最後のデザート名を言い終わったときは、最初のを忘れてしまったけれど、ま、友人のおかげでおいしいブリュレにありつけた。

 

何回も会い、いつも話をいっぱいしてお互いのことは家族と同じくらいに知り尽くしているのに、まだまだしゃべることは、たくさんある。お互いの家族や近くの仲間の近況、趣味の話、同窓の友人や、昔の友の話、ニュースで話題になっている出来事への感想、健康に関する情報等々、たわいもないことだけれど、笑わせ上手の友や情報量満載の友や迫力満点の体験を持つ友のおかげで、興味津々、引き込まれてしまう。

 

3時間余りはあっという間に過ぎ、今度はデパート散歩、(本当は井の頭公園に行くはずだったけど、今日は猛暑)私が見たいと言った布地や手芸用品につきあってくれ、今度は甘味処へ。

 

さて、ここでも2時間近くがあっという間に過ぎ・・・。

 

一旦は駅に向かったけれど、また「ビール飲みたいね。」の一言で、駅地下に向かう。

駅地下にランの花がたくさん飾ってあるレストランがあり、そこでまた1時間半・・・。

 

午前中に家を出てきて、(私は9時台のバス)今は8時半、帰ると10時だ。

みんなはきっと「なにをそんなに話すことあるの?」と笑うだろうけど、人生いろいろで、それぞれが

たいへんな苦労をしてきて、今、やっと少し開放され、こうしてここにいられる幸せに感謝しながら

「お互い、がんばって生きてきたね!」と祝福しあう素晴らしい時間なのだ。

 

いよいよ帰らなくっちゃ。

みんな満足して改札口に向かう。頭の隅で、ほんとうは今日、ここに来るはずだったもう一人の友の

ことを考え、そして次の機会に自分はまた来られるのだろうか・・・と考えながら。

 

 

 

ひまわりの刺繍キット(Non)

2019・7・13

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お中元でデパートに行った時、いつものぞく手芸コーナー

(ホビーラ ホビーレ)に立ち寄った。

 

ここは、私にとってちょっと魅力的な作品に出会える場所だ。

この冬には、素敵な混色の毛糸に出会い、衝動買い!

 

節約家の私がお金のことなどちょっと頭から飛んでしまう瞬間が訪れる。

今回も・・・

ひまわりの刺繍に目が釘付けになってしまった。

 

それはライトに照らされて明るく輝いていた。ひまわりの花の芯が薄緑、黄色、薄茶・・・

とグラデーションに色づけられて外の花びらにつながっていた。

 

花のデザインはそんなに複雑じゃない。でも、このような色に布が染められるだろうか。

自分では無理だ。

 

いつもなら大体のデザインを記憶したり、ネットで見て、自分で描いたりするので、

今まで刺繍のキットは買ったことがなかった。

 

迷っていると店員さんが出てきて、

「このひまわりの刺繍は人気があって、お取り寄せになってしまいます。今なら他店に

あると思うのですが、なくなってしまうかも・・・」と言った。

 

うん、うん、売りたいのね。とは思ったが、次の瞬間、「じゃあ、お願いします。」

と注文してしまっていた。

 

それから一週間してデパートから電話があり、品物を取りに出かけた。

 

刺繍糸8色、絵が描かれ、染め上げられた布、そして解説書が入っていた。

 

始めてみたら・・・ほとんどがバックステッチで、簡単。(私のこととて雑だけど。)

でも、決められたとおりに刺繍していくので、なんとなく、物足りなかった。

 

やっぱり、刺繍の楽しさは、どんな絵にするか、どんな色にするか、どんなステッチが

合うか・・・・など、下手でも考えていくところに面白さがあるのだと気づいた。

 

でもまあ、

明るい雰囲気の刺繍に仕上がったかも。

 

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やる気スイッチ その2 ワンピース(Non)

2019/7/9

 

手芸クラブの仲間が貸してくれたワンピースづくりの本

 

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この本に紹介されている服の布は、ほとんどリバティのタナローン、1m3000円以上する。やっぱりきれいなので、たまには、買うけれど、まだまだ洋裁新米の私には、失敗する確率も高いので、気安く手が出せない。

 

そこで、布屋さんに出かけ、雰囲気の似た少し安いものを探して回る。今回は作りたいデザインが先に決まったので、まあまあ肌触りのいい布が見つかった。

 

今までは、袖口、襟などは、バイヤス布でスカートは裏なしで作っていたけれど、

この本では、上半身もスカートも裏つきになっていたので、薄い布の2着には裏を付けた。

 

ブログ友で洋服づくり先輩のkazさんにメールで尋ねたり、本を貸してくれた人に綿ローンの白を売っているお店を訊いたり、大騒ぎしてやっとできた。

 

裏は綿ローン、薄いさらっとした布でそんなに重くならなかったけれど、やっぱり軽やかさは、少しなくなる。

 

今まで敬遠していたボタンホールもやれば簡単、3日で3着完成!

こんな年でも進化する!

やっぱり日野原先生のおっしゃる通り。

 

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水無月 生麩まんじゅう(Non)

2019/7/7

 

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昨日、次男の家に行って、お昼ごはんをごちそうになった。

食後のお菓子に大きな笹の葉に巻いた生麩まんじゅうが出た。

 

嫁が言った。

「前にお母さんが、この季節に水無月を持ってきてくれて、

京都では、6月までのお祓いをして、これからの夏を元気に乗り切るために

このお菓子を食べるって話してたじゃないですか。

今日、水無月を買おうと思ったんだけど、売り切れだったので

生麩まんじゅうにしました。」

 

私はすっかり忘れてしまっていた。

ああ、そうだったなあ。子供時代、そんなに裕福ではなかったけれど、

もっと季節感のある暮らしをしていたように思う。

 

お菓子もその一つ。今頃の季節には、必ず水無月をみんなで食べた。

水無月をほおばりながら、眺めた庭の光るみどり、祖母や叔母、従妹の満足気な表情・・・

 

大原や周山から農家の女の人が売りに来るはったい粉(麦こがし)もよくおやつに

出た。私はあまり好きではなかったけれど、暑い夏の午後とそれは強く結びついている。

わらび餅、くずきり・・・そしてかき氷。

 

祖母がよく買ってくれた上賀茂神社のおやき・・・

それはやさしい甘さとともに川べりの少し冷たい風を思い起こさせる。

子供時代のお菓子を思い出しながら食べた生麩まんじゅうはとてもおいしかった。

 

関東で生まれ、育った嫁が京都の昔を覚えていてくれ、その話を孫たちが聴いている。

いつか孫たちはその子供たちに水無月や生麩まんじゅうの話をするだろうか。

 

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くじ運

2019/7/3

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今まで競馬、競輪、パチンコ等々 ギャンブル的なものには、ほとんど興味を

持たなかった。そんなところに使うお金の余裕がなかったのもあるけれど、根底には、まずまず、そんなところにラッキーが転がっているはずはないという感覚があるからだ。

 

 亡夫は、大きな賭け事はしなかったが、宝くじ、ロトなどはいつも買っていた。

当たりくじがでるという西銀座までわざわざ買いに行くのもいつものこと。

 

ある時、夫がネクタイなどを入れているタンスを開くと、空くじの山が

4,50センチ積みあがっていて、家族で大笑いしたことがある。

 

 笑われたからくやしくて、当たれば一番に「当たったぞ~」と叫んだだろうが、ついにそんな日は訪れなかった。

 

私もくじ運というのが悪く、残りのお菓子を誰がもらうかジャンケンで決めるという時でさえ、いの一番に負けてしまう。

 

そんな私が昨日は、来年のコンサートのホール利用の抽選会に出かけた。

これは、責任重大、取れなかったらまた来月、またその次とコンサートは延期されてしまう。

 

 

2020年、7月に利用を希望する団体が17団体やってきていた。

9時から10時までが申し込み受付、10時から申し込み順で大きな箱の

中から番号のついたピンポン玉を取り出す。

 

着順は3番だったけれど、ピンポン玉の番号は、なんと…14番だった。

やっぱり、くじ運は、悪かった。

 

ピンポン玉に1番が付いていた団体さんは○○音楽教室、2番、和太鼓の会、3番、○○高校・・・・ホールの予約の日にちはどんどん埋められていった。

 

でも、14番がまわってきたとき、私たちが第3希望に予定していた25日が空いていたのだ。そう、オリンピック開会式の翌日!

 

 

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くじ運は悪かったけれど、運はよかったのか?

私たち(世話人3人)は、ほっとして帰路につき、おいしいチーズケーキと紅茶をゆっくり味わった。

 

婆のお祝い

2019・6・25

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夫が亡くなった年、私たちは結婚50年目だった。

「よくなったら、金婚式やらなくっちゃ・・・」とは言っていたのだが、

病気はなかなか良くならず、ついに12月、他界してしまった。

 

残された私は元気で喜寿を迎えた。息子たち家族が先日お祝いの会をしてくれた。

 

息子たちの婚約、結納、など節目の時にはよく訪れていた山の中の料亭。

孫たちからは一生懸命作ったカードや心のこもった手紙をもらい、花束やプレゼントももらった。今は背が182センチになった高二の孫の手紙には、小さい頃私と一緒に遊んだ思い出があれこれ綴られていた。

 

まあ、ほんとに幸せな婆だ。亡くなった夫の声が聞こえる。

「おまえは、いいなあ。」

 

「本当に・・・。お父さんが親孝行な息子たちに育てておいてくれたから。

ありがとうございます。」

 

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「IL DIVO」イル・ディーヴォ と 「IL VOLO」イル・ヴォーロ

2019・6・23

 

 

2004年にイギリスで結成されたイル・ディーヴォは何度も来日し、今ではすっかり日本人に馴染みのグループとなった。

 

 バリトンのカルロス(スペイン出身)、テノールのデイヴィッド(アメリカ)、テノールの

セバスチャン(フランス)、テノールのウルス(スイス)それぞれ一流の歌手として活躍していたメンバーなので、実力は十分、そのハーモニーが実に魅力的で心地よい。

 

 昔の職場仲間で熱烈なデイヴィッドのファンのKさんに誘われて武道館にも出かけた。

やっぱりすごい~~。サラ・ブライトマンのときのようにかぶりつきの席ではなかったけれど、歌声は会場いっぱいにひろがり、迫力満点。

以来、イル・ディーヴォの歌は、よく聴いていた。

 

 ところが今、2010年に結成されたというイル・ヴォーロというトリオグループが

人気上昇中なのだ。彼らは3人ともイタリア人、かのドミンゴに「われら三大テノールの後継者」といわしめたのだとか。

 

 彼らはまだ20代後半、確かに声量があり、驚くほどのロングトーン!

彼らはオペラティックポップトリオと称して広いジャンルのレパートリーを持っているようだ。カンツォーネなどは、さすがイタリア人と感心する。

 

 でもなあ・・・。私はやっぱりイル・ディーヴォが好きかな。

声に大人の男性の色気がある。風格というか、品の良さみたいなもの。

 

 7月13日の「題名のない音楽会」にイル・ヴォーロが出演するらしい。

ま、注目していよう。

 

 

 

 

 

想像のロマンス

2019・6・21

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駅から住宅街まで走っているバスで時たま出会う美しい婦人がいる。

婦人は私の降りるバス停の一つ手前で降りるので、どの家にお住まいの方なのか私は知らない。

少し前までは婦人にそっくりの67歳の可愛い女の子と3.4歳の男の子を連れておられた。今日は一人。

 

婦人はフランス人、背は日本人並みで、どちらかというと小柄なほうだが、お化粧もほとんどしないのにギリシャ彫刻のアフロディーテのように非の打ちどころがない美しい顔なのだ。でも、表情は硬い。子供たちを連れておられたときも、人に迷惑をかけないようにと躾が厳しい感じだった。

 

 生まれ故郷を離れて、言葉もわからない遠い国によく移り住む決心ができたなあ・・・日本人のご主人とはきっと熱烈な恋愛結婚に違いない。どのようにして出会い、どんな言葉で口説かれて、日本にくる決心をしたのだろう。

 そして、今、この異国で婦人は幸せなのだろうか・・・。

私がいろいろと思いめぐらしているうちに、婦人の降りるバス停につき、

白いワンピース姿の婦人はいつものように硬い表情で降りて行かれた。

 

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