花のバトンリレー

2020.2.2

どちらもサザンカ

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最近、じっと座って編み物をしていることが多くなって、膝痛がひどくなった。

息子に

「少しは健康のために努力したら?」と注意され、天気のいい日は近くを散歩すること

にした。

 

今、散歩道に賑やかに咲いている花は「サザンカ」。よく垣根の木に使われるが、このあたりでは、大木になり、

「そんなにがんばらなくてもいいのに・・・」と言いたいくらいいっぱいの花を付けている。

 

平塚武二の「ピューンの花」では、ピューンは、風の精、透き通ったいたずら好きの女の子で頭にサザンカの花

をつけている。そして風を吹き付けたあとにサザンカの花びらを落としていく。

 

花はツバキに似ているが、サザンカは散る時、花びらをはらはらと落とし、ツバキは

花まるごと落ちていく。葉っぱもサザンカは小ぶりで、ギザギザとしているが、ツバキは

やや大きくつやがある。

サザンカは11月ころから2月ころまで咲き誇り、ツバキは、1月頃から4月ころまで

きれいに咲く。

 

サザンカは、もうすぐ役目を終えようとしていて、そのあとをツバキが「私にお任せ!」

と言っているのだ。ツバキはこれから、桜の花の下でも咲き続けるだろう。

 

それぞれの木が、春の芽吹きの準備をしている。

 

 

ツバキの葉はつやつや

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これは満天星つつじ

 

 

 

 

楽しめた大相撲初場所

2020・1・20

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私の祖母は、テレビで相撲を見るのが大好きだった。

場所が始まると解説者になりかわっていろいろ説明してくれ、好きな力士が勝つと

ご機嫌で、もうちょっと若かったら追っかけに加わったと思う。

祖母の時代は、鏡里、千代の山、初代若乃花や栃錦、そして朝潮、柏戸などが活躍して

いた。私も熱心に番付表をノートに書いて東の関脇は誰々、前頭3枚目は誰々と全部

覚えていたように思う。

 

働き盛りの時代は、相撲を見る時間もなく、ニュースで話題になる力士に関心を寄せる

程度だったが、リタイア後は、また夫とのんびり相撲を見るようになった。

夫もいなくなり、一人で見るようになったが(息子たちは多忙、かつあまり関心がないようだ。)

最近は、幕内力士にも、知らない人が増えていた。

 

今場所も、人気力士の遠藤が白鵬を破り、鶴竜も調子が悪く両横綱が休場してしまったので、

なんだかつまらないなあと思っていたが・・・編み物をしながら十両のあたりからずっと見ていた。

十両にも、ついこの間まで幕内で活躍していた私の知っている力士もけっこういて、勝負の世界は

シビアだなあと思いながら見ていた。

 

横綱たちが休場したけれど、土俵入りでひときわ歓声があがる小兵の炎鵬のびっくりするような取り口や

大関陥落が決まったあともがんばっている豪栄道、長い間不調続きの栃ノ心や高安の相撲にも、

何か心に沁みるものがあった。

そして混戦で優勝者の予想がつきにくい中浮かび上がってきた正代、徳勝龍、最有力候補の貴景勝・・・。

 

解説者も「わからんですなあ」を繰り返していたが、14日目で、貴景勝が負けてしまったあとも、

千秋楽まで優勝者の予想はつかなかった。二人の出身地からの中継が盛り上がり、

それぞれのお母さんが、東京へ向かったと報道があった。

 

正代が勝ってからは、予想は、正代に傾いていたようだが、徳勝龍の満身の力をこめた相撲が、

これもまた頑張った貴景勝を倒し、33歳!前頭17枚目の優勝が決まった!

インタビューも見応えがあった。ユーモアのある受け答えの中に、

敬愛していた師の急逝に涙する姿に素朴な人柄が垣間見られた。

 

毎日の苦しい稽古に耐え、一つの勝負に全力をかける・・・それを我々はテレビで見ているだけなのだが、

自分の人生の闘いと重ね合わせ、悲喜交々を味わっているのだろう。

きっと祖母もそんな気持ちで相撲を見ていたのだ。

春への憧れ

2020・1・21

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「暖かい冬ですね。特に関西は春のような日差しが多いです。」

 

関西に住む友人からのメールに「  」とあったが、東京も同じく暖かい冬・・・

いつもだと2月の下旬あたりにならないと咲かない庭のサクラソウが

もう開き始めている。

7年目になるシンビジウムも元気よく花を咲かせ、秋に蒔いたビオラの緑も鮮やかだ。

 

暖かいのは、助かるけれど、心配でもある。またあの熱い夏がやってくるのか・・・

異常気象の台風も心配。

 

今、5人グループで合唱している曲の中に「春への憧れ」という可愛い曲がある。

モーツアルトが子供のために書いた歌曲で、寒い冬にあの輝いた明るい春が

やってくるのを待つ歓びを歌っている。「早春賦」に少し似ている曲だ。

 

その歌では、寒い冬にもそれに合った歓びがあると歌っているのだが、

やっぱり冬の寒さあってこその春の歓びなのか・・・

贅沢なことだけれど。

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穏やかな冬

2020・1・14

 

第二戦で惜敗し、甥が帰っていったあと、わがシニアクラブで最長老だった方が(98歳)

亡くなり、通夜、お葬式、続いて友人の写真展にいつもの仲良しメンバーと出かけ、楽しい

食事会、翌日はシニアクラブの新年会、次はコーラスの練習といろいろ用事があって有難い。

 

 その間、膝痛がひどくなったり、腰痛もあったり年齢を感じる毎日ではあるけれど、立川の

手芸店には出かけ、次に編んでみたい作品の毛糸はちゃんと仕入れてきた。(笑)

 

 これらは、暮れからお正月にかけて、編んだベスト。

素敵な色合いの毛糸!!!と感激して買ったのに、編んでみたら何ということはない平凡な

色合い・・・・生地選びと同じく毛糸選びがお気に入り度の大きな割合を占めると思うのだけれど

やっぱりそのあたりが、初心者には難しいところ。

 

 方眼編みのは、いろんな色が少しずつ残ってしまってもったいないので、それらを全部使って

作ってみたけれど、同じ白でも微妙に色が異なり、なんだか・・・・。

満足!と思えるものは、なかなか作れないものだ。

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                                                                            美しい人が着たら・・・・

本当は、友人のすばらしい写真を紹介したかったのだが、撮ってきた私の写真が彼女の作品の

価値をさげると心配で、断念した。ごめんなさい。

 

 

 

新年おめでとうございます!

2020・1・2

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今年もまたみんなが健康で平凡な日常を享受することができますように!

 

今までは、あたりまえと思っていた毎日の小さな出来事をこなしていくということが、どんなに貴重で幸せなこと、ありがたいことであるのか、最近はつくづく実感している。

 

先日読んでいたシルバー川柳にこんなのがあった。

「人生は見えない段差多すぎる」

ほんとうに・・・今、こうして毎週みんなでコーラスを楽しんでいられるのも、編み物を楽しんでいられるのも、災害にあわなかったから、病気で倒れなかったから。いつそんな災難が自分にふりかかってくるのか、いつも覚悟して毎日を生きていなくては・・・。

 

昨年は高校時代からずっとお付き合いをしてきた親友が10月に亡くなり、12月には10年前に逝った親友のご主人が亡くなられた。奥さんが亡くなってから少しでも昔の友達が多く住んでいる日本がいいと帰国し、一人暮らしでがんばっておられたのに。

 

同時代を生きた仲間が次々とこの世を去っていく、そんな年齢になったのだ。

 

日本も超高齢化、人口減少などで経済、家族のかたち、あらゆる面での方向転換を迫られて難しい時代を迎えている。孫たちが生きていく世界がどうか少しでも希望のある社会であるようにと祈るばかりだ。

こんな川柳もあった。

「無宗教今はすべてが神だのみ」

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寂しい話になってしまったが・・・

今年は、関西に住む夫の甥が、高校サッカーの全国戦の引率で東京に出てきて、うちに泊まったので、久しぶりに賑やかなお正月になった。

 

義母が意図してそうしてくれたのか、息子たちが34歳ころから成人するまで田舎に帰ったり東京に出てきたり一緒に旅行したりと常に交流があった。几帳面な夫が年代別に整理してくれていたたくさんのアルバムには、彼らの子供時代がしっかり残っていて、久しぶりに取り出して昔を懐かしんだ。

「はは・・・白髪が増えたね・・・」

「お腹がでてきたんじゃないの・・・」

スリムだった青年時代の写真に孫たちは

「パパ、イケメンじゃん」

 

来年大学受験の孫は、大人の仲間に加わって、将来の夢を語る。

へえ・・そんな勉強がしたいのか…ああ、叶うといいなあと、理数系に弱い婆は、気持ちだけで応援する。

 

そうなんだ・・・

この世界のすべては、常に変化し、流れていく。私の時代はもうすぐおわりを迎えるだろうけれど、またその心の何分の一かを受け継いだ者たちが、この世界を走ってくれる。

ありがとう・・・・よろしく!

 

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「プレミアム カフェ」ヴァレリー・アファナシェフ 

2019・12・14

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ちょっと時間ができたので、録画をしておいた番組を見た。

「プレミアム カフェ」

漂白のピアニスト もののあはれを弾く

 

ロシア人のピアニスト、作家、詩人でもあるヴァレリー・アファナシェフを追った番組だった。

1947年生まれ、モスクワ音楽院でエミール・ギレリスを師として学び、バッハコンクールやエリザベート

王妃のコンクールで優勝したピアニスト。ギレリスは知っていたけど、アファナシェフは知らなかった。

 

亡命後、ヴェルサイユに住んでいたが、今はベルギーに住み、年間20回ほどの演奏活動をしておられるのだとか。

 

はじめは、なんか難しそうな人だなあ・・・と編み物をしながら見ていたが、ん? ん?とだんだん音楽でなく言葉に惹かれて集中して見始めた。

 

◎自分の音楽の原点

 3歳のころ、祖母と森の中を散歩していて、石ころに夢中になっていたのか、祖母の姿を見失ってしまう。   ふと空を見上げた時、静寂の中に自分一人が世界と向き合っている感覚を得、忘れられない記憶となる。

 

◎亡命者としての体験

 国家権力が昔の自国の作曲家の著作を禁書にしてしまったことなどに怒り、亡命を決意する。

しかし、亡命により、家族、友人、そして祖国と多くの大きなものを失ってしまった。

 

西側に暮し始めた当初は、豊富な物質、自由などに感動したが、やがて気づく。

「ロシアでは国家権力が芸術を支配していたが、西側では商業主義が芸術を支配していた!」

西側では、話題性が重要視され、次々と新しい演奏家が生まれ、次々と消えていった。

 

やがてアファナシェフは、演奏活動を減らし、家にこもって思索の日々を送るようになる。

 

  • 日本の「もののあはれ」に惹かれる

ロシア時代、インテリ青年の間では、東洋の著書が人気をはくし、アファナシェフは「徒然草」や

「源氏物語」を愛読する。

特に好きなのは「夕顔」の巻。能の「半蔀」で夕顔を舞った金剛永謹さんとの対談は嬉しそう。

アファナシェフの「静寂」と能の「幽玄の世界」とは通じるものがある。

人生には、幸せと不幸せがあってそれらは切り離せないものであることを「源氏物語」では極めて美しい形で

表現されている。

 

 

 

  • 実相院での演奏

秋から冬へ移る京都でアファナシェフは、「静寂」そのものを表現しているというシューベルト

最後のピアノソナタ 21番 変ロ長調を演奏する。

 

「私は京都を離れて寂しいと思ったことはありません

いつも心の中に持ち歩いている最愛のものを失うわけはないのです。

この景色、この山の感じ、この静けさはいつも私の心の中にあるのです。」

 

 

「過去には何もない

未来にも  そして現在にも

 

森の中に腰をおろし 耳を澄ませる

するとすべてが聞こえてくる

 

形なき人を見ることはできないが

その声を聴くことはできる

 

時の流れを見ることはできないが

それを聞くことはできる」

 

                      アファナシェフの詩

 

見終わったあと、何度も反芻したい言葉がたくさんあった。

 

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追憶(Non)

2019/12/3

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12月にはいって、より近い商業施設の12階にある新しいホールの抽選にあたり、合唱の発表会に向けて、

練習にも熱がはいってきた。

 

伴奏は、音大出身のお嬢さんが応援してくださるのだが、毎週の練習日のほか、ソロで

歌う人もいて、先生は大変。

 「Nさん、このぐらいの曲だったら、あなた弾けるでしょ。バッハが弾けるんだもの。」

と、言われ、どっきり。

 

 ピアノの発表会に向けては半年以上、同じ曲を練習するので、暗譜してしまう。でも、私は楽譜を見て

すぐ弾けるわけではないのだ。おまけに最近は人前で極度に緊張するようになって、途中で止まってしまう状況だ。

伴奏なんてとんでもない。

 

 あらためて、今、歌っている曲を振り返ってみると、結構古い曲が多い。半世紀以上前に使っていた

中学や高校の教科書に載っている曲だってある。

残してあった音楽の本を開くと・・・フォスターシリーズ、ロシア民謡、菩提樹、平城山、

野ばら、帰れソレントへ、グリンカのひばり、アルカデルトのアヴェマリア、シューベルトの辻音楽師、

もみの木、ラ・スパニューラ、等々、そしてそのほとんどにピアノ伴奏譜がついていた!

 

 でも、これらの中で弾いたことがあったのは、学生時代にピアノ好きの友人と歌いながら練習した

Beautiful Dreamer」そして最初の職場で同期だった山形出身の美人Mさんと放課後よく歌った

「帰れソレントへ」の2曲だけ。

 何十年ぶりかで弾いてみたが・・・まあ、1か月くらい練習すれば

誰かが歌っても大丈夫。(笑)伴奏じゃなく、かってに弾くだけだけど。

それに「ちょっと音が高いから変ホ長調にして」とか言われたら対応できない。

 

 そうか、もっと弾ける曲を増やそう。やさしそうなの・・・と探していたら「追憶」という曲に

目が留まった。よく知っているメロディだ。それにホ短調、シャープ一つだ。行ける!

 

タイトルは「Flee as a Bird ??? Free じゃないんだ。 Flee 逃げる? 

調べてみたら、これは旧約聖書「詩編」中の言葉で、イスラエル王サウルの追手がダビデに迫る場面で

友人たちがダビデに忠告する言葉なのだそうだ。

 Flee as a bird to your mountain

「追憶」はアメリカの詩人、メアリー・シンドラーがスペインの旋律をもとに作詞した讃美歌だったのだ。

 

原詩とはちがうけれど、 日本語の詞もとてもいい。

 

ほしかげやさしく またたくみそら

あおぎてさまよい こかげをゆけば

はうらのそよぎは おもいでさそいて

すみゆくこころに しのばるるむかし 

ああ  なつかし その日

 

弾きながら歌えるようにがんばろう!

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編み物はじめ(Non)

2019・11・14

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かぎ針編みは昔から好きで、時間があると時々やっていた。

でも、棒針の編み物は、時間がかかるので、孫のセーターやベストを

これも時々、編む程度だった。

 

今年はどういうわけか、棒針にチャレンジする機会があってたてつづけに

セーターを3枚編んだ。

「お母さん、そんなに肩がこることばっかりやっていたらだめだよ。」と注意されながら。

 

一枚目は野呂英作さんの毛糸の「あづみ」

二枚目は、ホビーラホビーレの編み図をハマナカのアランツイードを使って

三枚目は編み図も毛糸もホビーラホビーレ。

 

数日前、お歳暮の用事でデパートに行き、一番に手芸店によった。野呂さんの毛糸の

セーターを着ていたら、知らない人が声をかけてきた。

「それ、野呂さんでしょ。私、これ編んだの。」とスマホの写真を見せてくれた。

同じあづみで編んだハンドウオーマーだった。ふふ、いいじゃない。可愛い。

 

立川のユザワヤが高島屋に移転する話で花が咲き、「また、お会いするかもね。」と

分かれた。その人は、今、どんな毛糸がどこで安くなっているかなど、よく知っておられた。

 

早速、帰りに閉店間際のユザワヤにより、毛糸を購入、また編み始めた。春のベスト。

 

 

 

 

 

ようやく秋!(Non)

2019/11/8

やっと秋らしい空が見られるようになった。

 

 昔、いつも電車が一緒になるアメリカ人の先生がおられた。

教えていただいている先生なので電車を降りて学校までの10分ほど

なんとなく並んで歩く。

 

なんか言わなくっちゃ・・・でも英語が出てこない・・・

と焦ってつまらない質問をした。

春と秋とどちらがお好きですか?

と訊いたのだろう。

 

先生はにわかに饒舌になって自分は日本の春は嫌いだ。秋のほうがずっといい。

春はrainy・・・muddy・・・・と。

 

その頃の私は、春は生命力を感じる季節で、すべてのものが生き生きと花開き、

なにかしら希望を感じる季節で、秋は何となく寂しい季節のように

感じていたので、先生の現実的な回答に少しがっかりしたように記憶している。

 

しかし今、人生の秋も終わりにさしかかって、私はこの美しい季節がとても

好きになった。

すべてを静観し、澄み切っていく季節・・・・小春日和は神からのプレゼントだ。

 

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秋の富士(Non)

2019/10/19

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台風の被害が怖すぎて、その数日前の楽しかった記憶がうすれてしまったけれど・・・

 

ご近所さんと河口湖、富士浅間神社、忍野八海に出かけました。

午前中は、雲一つない青空で、バスの中から雪のない富士山がくっきり

見えました。

 

河口湖は、そう、オルゴール美術館です。

箱根のガラスの森美術館に似て、そこだけ小さなヨーロッパ。

コンサートホールでは、1900年代に制作されたオルゴール、また複数の楽器

の音が再生される自動演奏楽器に合わせて、オペラ歌手が歌うなど、魅力的な

イベントが盛りだくさん。

宮殿のホールで音楽に合わせて舞踏会が開かれる部屋いっぱいのオルゴールを

夢中でのぞき込んでいたら、

「あははは、Nさんごのみのメルヘンの世界だね。」

と笑われてしまいました。図星!

庭は、秋バラ、コスモスが満開で、心地よい風が吹いていました。

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昔はここで清めをして富士山に登ったという富士浅間神社。

樹齢千年近い杉や檜が鬱蒼と茂り、さすが厳かな感じです。

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今のような登山グッズもなく、情報も得られない状況で、

天候の変わりやすい危険な山に挑むのは、たいへんなことだったと思われます。

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忍野八海には、何度か来たことがあったけれど、今は中国の観光客で

あふれ、様子は一変していました。

そして買って帰ったおみやげが、笑える!

製造者は岐阜、商品は山梨の桃と静岡茶のコラボ、売っている人は高知県出身の

関西弁の人!お客さんのターゲットは中国の人・・・今は、そうなんだ・・・と納得。

 

 

台風、ドキドキ(Non)

2019・10・13

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「今までに経験したことのない驚異的な大雨と暴風」と台風19号については、何日も前から

報道されていた。

「いやだなあ・・・。」

進路予想図では、私の住んでいる地域直撃だ。

でも、風の進路を変える術はない。全て運命にまかせるしかないのだ。

 

今までの人生で記憶に残っている恐ろしい台風を思い出した。

子供のころ、すごいのがやってきた。雨戸のない窓には、大人たちがベニヤ板を打ち付け、

嵐の数時間は家の中で息をひそめていた。怖いもの見たさで格子のある窓からそっと外をのぞいた。

向かいの家の瓦が何枚も飛んでいき道路に落ちて大きな音を立てて割れた。

嵐の後の後片づけはたいへんだった。

 

東京に来て長男が生まれまだ半年もたっていないころ、やっぱりすごい台風がやってきた。

その頃住んでいた家は道路をはさんで南側に栗林が広がっているところで、風はまともに

南側の窓に吹き付けた。昔の家なのでサッシでなく、木の枠にガラスをはめ込んだ戸で、木の

雨戸はついていたけれど、強風が吹きつけるたびにたわむように膨れ上がり、夫が必死にそれを

抑えていた。

布団を積み上げ、その陰に赤ん坊を寝かせ、いつ風が戸を吹き飛ばすかとはらはらしていた。

 

その後も近くの地域が数日浸水するような台風に遭遇したけれど、やっぱり、あの台風が一番

怖かった。

しかし、「今までに経験したことのないような最大級の・・・」と繰り返され、恐怖は大きく

なっていった。

 

昔、布団の陰にいた息子が雨戸のない窓にガラスが飛び散らないよう段ボールや板を貼ってくれ、

庭にある飛ばされそうなものはすべて片付け、食料品も水もガスボンベも買い足し、ガソリンも

風呂の水も満タンにして嵐を待ち受けた。

 

 前日からこれでもか、これでもかと強い雨が降り続き、市内の川は、氾濫危険水域に達したとテレビ

や防災情報が伝え、風が強くなってきた。しかし、家の土台を揺るがすかと思う強風が吹いたのは

ほんの何回かで、嵐はやがて収まった。

 

 私の住む地域は、大きな災害はまぬがれたけれど、神奈川、長野、群馬、栃木、千葉、茨城、宮城

その他で、やはり大きな被害が続出した。ああ、たいへん・・・・

なんとか命は助かったとして、住んでいる家が被災しても、保険の補償はわずか、

再建を考えるのは、気が遠くなるほどたいへんなことだ。もう個人の力では、どうしようもない。

もう生きる意欲も失せてしまう。

  災害列島に住む我々が安心して暮らせるような仕組みを考えなければならない。

 

 

花の少ない夏・・・(Non)

2019/9/19

 

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今年は、ずっと長い雨が続き、夏用にと植えた苗が枯れ、

 

花の少ない庭に猛暑がやってきました。

 

 

 

がんばって赤をキープしてくれたのがキャッツテール、

 

そしてトマトは弱ったのに、紫蘇とバジルはとても元気で、

 

やわらかく香りのいい葉っぱをふんだんに食べることができました。

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今、急に涼しくなった庭に毎日咲いてくれるのがハイビスカスの原種

 

と言われる花です。近所の方から小さな苗をもらい、2週間ほどで

 

花が咲き始めました。これは、可愛い花だけど一日花、夕方

 

すぼんでしまいます。

 

 

 

でも、毎日7,8個は花開き、すがすがしい気分にさせてくれます。

 

 

 

そうそう、あの人が大好きだったミズヒキソウ・・・・白ではなくピンクと

 

赤しか見つけられませんでしたが・・・

 

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若きピアニスト イワン君(Non)

2019・8・30

 

 

Ivan Bessonov君は、以前紹介した「小さなピアニスト Elisey Mysin君」の先輩格、Astana Piano Passionのコンペでいつも好成績を残しているロシアの若きピアニストだ。

 

 

 

2002年生まれの17歳、彼は、昨年スコットランドのエディンバラで行われたEurovision Young Musicians 2018で優勝した。

 

 

2018・12・30にロシアで披露したチャイコフスキーピアノ協奏曲の画像はYouTubeでしか

見られない映像のようです。→https://youtu.be/mfRgbWqb4T4

 

 

 

Finalで弾いた曲はチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番、変ロ短調。

 

数年前は、少女のようにやさしい雰囲気のIvan君だったが、このステージでは、すっかり

 

男らしく成長し、演奏は力強さにあふれていた。頭脳が命令した音を彼の手は正確に受け止めて反応する。激しい音も繊細な音も見事に弾き分けて心地よく反応する。

 

さあ、これからどんなピアニストになっていくのか・・・。

 

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Ivan君には二人の弟がいる。ダニエル君とニキータ君、弟たちはヴァイオリニスト。そうそう、ママもヴァイオリニスト、パパはピアニストの音楽ファミリーなのだ。

 

弟たちとBessonov Brothersとして出演するときは、兄らしく目で合図を送り、伴奏で彼らの音を盛りあげる。

 

      (Semi Finalで弾いたのは、ラフマニノフのプレリュードやショパンの幻想即興曲など) ↓

 

 

2019年の夏(Non)

2019・8・18

7月はずっと雨続き、やっと梅雨明けしたと思ったら連日の災害級猛暑、今年の夏は

朝夕の爽やかさもなく、過ごしにくい気候でした。

 でも、なんとかこの猛暑を乗り越えられそうです。あと一週間の我慢。

 

  • 3年生のピアノ発表会

 今年はソナチネ4番の第一楽章を演奏しました。

「緊張してる!」って言ってたのに、ノーミスで教わった強弱も意識してとても

上手に弾けました。婆は真っ白になるほど緊張したのに、Aは平気、落ち着いていて

すごい!かなわないなあ。

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  • にいにの夏

 高2の夏はバレーボールの夏でした。菅平合宿に一週間、その後は夏季大会で連日試合、試合、婆も応援に行きました。冷房もない体育館に8校の部員たちがぎっしり、うだるような暑さの中で、みんな一生懸命プレーしています。

 昨年は、第一回戦で負けていたのに、今年はなんと都立高校ベスト8に食い込みました。ブロックにトスにアタック、何でも屋みたいだけど、なかなかやるなあ・・・。

 そういえば、小さい頃、スズランテープを部屋の真ん中に渡して、私と風船バレーを

よくやっていた。あの頃も粘り強く打ち返してきて、なかなかやるなあ・・・と思ったっけ。

 

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  • 上高地

 台風が来そうだというのに、貴重な休日を利用して上高地へ・・・

でも、ラッキー、雨に降られず自然を満喫してきました。

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  • 手芸

 クーラーの中、じっとしているのはもったいない。ひまわりの刺繍のあとは、あちこちの本からいいなあと思った図案で好き勝手に刺繍をしてみました。でも、出来上がりは、今ひとつかな。つづいてブローチ、また端切れでコースター・・・

この後は、みんなでポシェットを作る予定です。

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16日、京都の大文字焼きをBSで見て懐かしみ、17日は地域の子供たちのための花火大会をほんのちょっとお手伝い、今週末は地域カフェの当番・・・8月も残り少なくなってきました。

 

おしゃべりの梯子(Non)

2019・7・31

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長い間太陽が見られなくて、やっと梅雨明けしたと思ったら、連日35度近くの猛暑。

それでもめげず、「今日は久しぶりにみんなに会える・・・」とわくわくしながら吉祥寺に

向かった。

 

吉祥寺は、大昔から馴染みの街で、子連れで買い物や食事によく来ていたし、7年間仕事場として

通ったこともある。

でも、引っ越してからは、たまにしか来なくなり、昔ながらのお店も残っているけれど、少しずつ

変わって来ている。何より歩いている人がみんな若い!(笑)

 

 

今日は、この近くに住むUちゃんのセッティングでお食事会なのだ。60代には、月1,2回と頻繁に

会っていたけれど、年を取るにつれ、間があき、今は年に4,5回になってしまった。

前回は一人欠け、前々回はまた違う一人が欠けという具合だったけれど、今日は4人がOK.

 

 

待ち合わせ場所には定刻前に全員集合、まずは、少し歩いて予約しておいてくれたお食事の場所、

創業30年余りという落ち着いた雰囲気のステーキハウスに入る。ディナーはすごくお高いけれど、ランチなのでリーズナブル。でもお味はさすが・・・というおいしさだ。給仕の着物姿の女性が

「私がこれから申し上げる4つの種類のデザートから一つをお選びください。」と前置きして、長い名前のデザートを暗唱、最後のデザート名を言い終わったときは、最初のを忘れてしまったけれど、ま、友人のおかげでおいしいブリュレにありつけた。

 

何回も会い、いつも話をいっぱいしてお互いのことは家族と同じくらいに知り尽くしているのに、まだまだしゃべることは、たくさんある。お互いの家族や近くの仲間の近況、趣味の話、同窓の友人や、昔の友の話、ニュースで話題になっている出来事への感想、健康に関する情報等々、たわいもないことだけれど、笑わせ上手の友や情報量満載の友や迫力満点の体験を持つ友のおかげで、興味津々、引き込まれてしまう。

 

3時間余りはあっという間に過ぎ、今度はデパート散歩、(本当は井の頭公園に行くはずだったけど、今日は猛暑)私が見たいと言った布地や手芸用品につきあってくれ、今度は甘味処へ。

 

さて、ここでも2時間近くがあっという間に過ぎ・・・。

 

一旦は駅に向かったけれど、また「ビール飲みたいね。」の一言で、駅地下に向かう。

駅地下にランの花がたくさん飾ってあるレストランがあり、そこでまた1時間半・・・。

 

午前中に家を出てきて、(私は9時台のバス)今は8時半、帰ると10時だ。

みんなはきっと「なにをそんなに話すことあるの?」と笑うだろうけど、人生いろいろで、それぞれが

たいへんな苦労をしてきて、今、やっと少し開放され、こうしてここにいられる幸せに感謝しながら

「お互い、がんばって生きてきたね!」と祝福しあう素晴らしい時間なのだ。

 

いよいよ帰らなくっちゃ。

みんな満足して改札口に向かう。頭の隅で、ほんとうは今日、ここに来るはずだったもう一人の友の

ことを考え、そして次の機会に自分はまた来られるのだろうか・・・と考えながら。

 

 

 

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