京都の風景(Non)

2009・12・27

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小学校のときの友人S君がこの15年間、撮影してこられた「京都の風景」の写真を生かそうと卓上カレンダーを作られ、送っていただいた。「雪の金閣寺」「北野天神の梅」「早春の東山からの眺め」「龍安寺の枝垂桜」「若葉の圓通寺」・・・・とそれぞれの場所が一番その季節にふさわしい輝きを見せるときを捉えた美しい写真だ。

これを見たとき、一番初めに思ったのは、母にあげたら喜ぶだろうなあ・・・ということだった。私が京都で暮らしたのは、約20年で、母が京都で暮らしたのは約5年だ。でも、母の5年間は人生でもっとも充実した密度の濃い時間だったのだ。婚約、デート(父は母を連れ京都のいろんな場所を案内して回ったらしい・笑)、結婚、出産、育児、そして離婚・・・

最後は悲しいピリオドだったけれど、長い年月はそれをも遠いできごとに風化させていく。とがったガラスのかけらが、波に洗われて透き通った丸い小石にかわってしまうように。そして今は、あの頃見た風景がどれもこれも懐かしいようだ。

母は会うたびに父と出かけた嵐山の舟遊び、大原や嵯峨野、岡崎の料亭の話など懐かしそうに何度も話す。住んでいた衣笠の家の近所の人たちもよく覚えていて、「もうあの方は亡くなったかもしれないけれど・・・」と昔話が始まる。

金閣寺、龍安寺、北野天神、下鴨神社、八坂、保津川・・・母の思い出のエリアがいくつも出てくるカレンダー・・・早速メール便で届けてあげた。

私にも京都には懐かしい思い出がたくさんある。大部分は子供時代や学生時代の思い出。それだけに記憶のなかにある風景はクリア、はっきりとしている。今でもそれらの場所には、地図がなくても辿り付けるような気がする。写生のたびに訪れた龍安寺や仁和寺、一人でも登って行った衣笠山、縁日には何度も往復した北野神社、友達と日暮れまで泳いでいた保津川、伯母が大好きで一緒に歩いた三千院・・・

 母の箪笥の上においたカレンダーも、私がピアノの上に置いたカレンダーも、それぞれの懐かしい思い出の場所に案内してくれそうだ。

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初冬の風景 その3 (kaz)

2009・12・25

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「これからは寒さに向かうだけ」と思っただけで今までは外へ目を向ける
ことが少なかったのですが、今年はいつもの年よりもちょっと暖かいので
きょうも写真に撮れる物を探してみました。

上の写真はいかにも冬。荒涼とした感じです・・・が、山の中に入ってみ
ると意外にも楽しいものがありました。

2枚目 雪が降ると銀世界になるところですが、今年はまだ雪の気配はあり
    ません。

3枚目 アオキのメスの木には今赤い実がたくさんついています。

4枚目 竹林の中で色づいていた葉。色彩と言い、形といいなかなかの芸術
    作品。

5枚目 ヤブコウジ。アオキもヤブコウジもクリスマスカラーで可愛い!!

6枚目 竹に絡まっているスイカズラ。花が咲いたときは、何とも言えない
    芳香を漂わせます

7枚目 竹林の中に咲いていた紫陽花。日陰のせいかセピア色に枯れていま
    す。

8枚目 スイカズラの蔓と、きれいに枯れた紫陽花で思いつきのリースを 
    作ってみました~。

ちょっぴり寒かったけど、きょうも山でワクワクした時間を過ごせたkazお
ばさんでした。
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葉加瀬太郎 & 海坊主 (Non)

2009・12・23

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友人に誘われて葉加瀬太郎のコンサートに出かけた。会場はNHKホール。原宿に降りるのは久しぶりだ。子供たちが小さい頃には、このあたりによく来ていた。明治神宮にも毎年初詣に来ていた。なんだか懐かしい。懐かしい場所が京都だけでなく、東京にもできているということは、それだけ年月がたったということ。

さて紅白の会場だけあって大きなホールだが、その1,2,3階とも、満席だ。葉加瀬太郎さんは現在イギリスを本拠地として活躍されているそうだが、毎年この年末のコンサートツアーには気合を入れておられるとか。パーカッション、ベース、ギター、ピアノ、チェロ、そしてヴァイオリンのバンドで、身体のうちからリズムが湧き出てくるようなパワフルな気分にさせられる演奏だ。あんなに音楽に乗って演奏できたらどんなに楽しいことだろう。いつもミスタッチを気にしながらピアノを弾いている自分・・・ほんとうにうらやましい。パーカッションはうら若い女性だった。(せんどうさおりさん)

今日は押尾コータローさんとジェイク・シマブクロさんもゲストに加わってすばらしい音楽に包まれた。印象に残った曲は、「黄昏のワルツ」「SARA」「霧島」「リベルタンゴ」ジェイクのシューベルトの「アベ・マリア」そしてこれまた懐かしい「シルクロードのテーマ」などなど。葉加瀬太郎さんはまさに「音(ハーモニー)を楽しむ」を体現されていておまけにユーモアたっぷりのトークも上手でみんなを笑わせ楽しませてくれ、素敵なコンサートだった。

帰りにKamichanの次男さんのお店「海坊主」に行った。11月に開店されたばかり。

三鷹駅のすぐ前で、お店はすぐわかった。お酒大好きのAさん、Uさんが今夜は来られず残念だったが、全国の銘酒がずらっと並んでいる。息子さんは、お酒や料理の修業中、キッチンでは、いろんなレストラン、料亭で働き、イタリアまで出かけて修行したというたけちゃんが腕をふるっておいしい料理を次々に出してくれた。牛タンの塩煮込みはとろけるほどおいしくて、作り方を訊くと何種類もの香草と煮込んだり、ゆでこぼしたり、ちょっと真似のできないしろものだった。じゃがいもの上にオーブンで焼いたもも肉が載っていて柚子胡椒風味のものも「今度つくりたーい」と思う料理だった。お店には老若男女という感じでお客さんが入り、隣席の若いカップルは明日「娘さんをお嫁にください!」と愛媛まで行くんだと決心を語り、みんなに祝福されていた。たくさん飲んで、食べてとっても満足した気分で店をあとにした。

今度は4人でまた行きたいと思っている。

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初冬の風景 その2(kaz)

2009・12・20

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天気予報を見ると、ぽかぽか陽気も今週からは無くなるようです。「暖か
いうちに窓磨きをしておけば良かった」と、今ちょっと後悔しています。

初冬のこの季節、「景色は冬枯れ」と思いきや「冬芽の時期」でもあるん
です。葉がすっかり落ち、裸になった木の先に目をやるとほとんどの枝先
に、来年の春に咲く葉芽や花芽がもうしっかりとついています。

光あふれる春を待つ植物達のエネルギーを冬芽から感じ取って下さい。


上の写真は紫陽花の冬芽です。桃色でプックンとした感じ。まるで桃のよ
う。

2枚目 ジューンベリー。6月に白い花が咲き、そして黒い実になります。

3枚目 桜。房になって咲くように芽もついていますね。

4枚目 梅。これも実になるんですものね。

5枚目 これは何だったかしら。咲いてみないとわかりません(笑)。

6枚目 青空にすくっと伸びたモクレンの蕾。すごく毛むくじゃら。

7枚目 白椿。

8枚目 赤椿。

9枚目 鬼ぐるみの木。この枝先にもとんがり帽子のような冬芽がついてい
    るはず。

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ipod nano (Kamichan)

2009・12・17

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昨日英語のレッスンのinterviewがあり、Listening力を上げるには
どうしたらよいか先生に伺うと、「今度Audio Bookを持ってきてあげるから
それを聞いて、そのあとに本を読むを繰り返すとよいとアドバイスをいただきました。
ロバート・清崎という経済学者?の方の奥さんが書いた”Rich woman”
というそうです。読むのが楽しみです。
そこで以前から欲しかったipodを購入しました。
まずは自分で以前に買った
”The Speeches of Barack Obama”のCDを取り込んで、通勤の電車で
聴くことにしました。
またi-tunesで最新の曲を取り込むことができます。音がすごく良くて驚きました。
IL DIVOの曲もすべて入れて聞くと、発音から楽器の音から大変クリアーで臨場感があふれます。

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作品展 ・・・ 地域の人々と・・・ (Non)

2009・12・15

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3年前に発足したシニアクラブでは、年間行事として作品展をやっている。習字、水墨画、水彩、油絵、手芸作品、切り絵、陶芸、ステンドグラス等々、たくさんの作品が出品される。なかにはちょっとプロっぽ人もおられる。

世話役をしているので、みなさんに「作品を出してくださーい!」と声かけをするので、自分も何か出さなくてはいけない。でも、でも私には趣味といえるほどのものは何もない。

職場の先輩からは、よく「今からリタイアした後に楽しめる趣味を持たなくてはいけないよ。」といわれていたのに、仕事だけで精一杯だったからようやく習い始めたお花も数年でやめてしまい、長く続けたものはない。困った・・・

去年は小さなスケッチを数点出したけど、今年は何も描いていない。やっと学生時代に好きだったレース編み、いつか一時的に熱をあげた刺繍を出そうと取り出した。でも目が悪くなっているし、肩も凝る。やっとのことで仕上げ、片隅においておいた。目立たないように・・・。

kazさんの要望にお答えしてUPしますね。ちょっと恥ずかしいような作品ですが。

お習字は夫の作品、切り絵と墨絵はお断りして載せさせていただいた親しい方の作品です。

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初冬の風景 その1 (kaz)

2009・12・13

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相変わらず良いお天気が続き「今日も暖かくていいですね~。」が挨拶代
わりになっているこの頃です。ポカポカ陽気を喜んでばかりはいられませ
ん、温暖化が少しづつ進んでいるんですよね、きっと。怖いことなのかも
知れません。

「山の花壇は冬ごもりの態勢に入っています。」と言いたいのですが、こ
の陽気で元気が良い人達(?)がいるんです。

2枚目 ノコギリ草。元気よくボウボウと生えています。

3枚目 クリスマスローズの蕾。

4枚目 ジギタリスの葉。すごく良い勢い。

5枚目 ヤブランの実の周りの人達も元気が良い。

6枚目 ラムズイヤーも元気一杯の様子。

7枚目 白詰め草の花がこんな時期に咲いています。オオイヌノフグリの花
   もこの近くで発見!!

8枚目 花壇下の斜面に自生しているこれは野アザミかしら。これだけまだ
   枯れていません。

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つながっていた! 星の友情(Non)

2009・12・11

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脳科学者の茂木健一郎さんは以前からテレビで見かけ、好感を持っていた。発想がユニークで、雰囲気が楽しく、あのもじゃもじゃのヘアスタイルも個性的。

先日、嫁が「おかあさん、私の行っている美容室にカットのうまい方がいるんだけど、一度いらしてみません?」と言われてその美容室に出かけた。カットのうまい人は若い男性でKさんといった。やってもらっている間中、確かに似ている・・・と思い、ついに言ってしまった。「茂木健一郎さんに似ているって言われるでしょ?」その美容師さんは、「ええ、ときどき・・・髪の毛でしょ」と言い、照れ笑いをした。

夕食の折、その話をしていると息子が「それって褒めてるって感じじゃないよ。」と言ったので、私はそのつもりだったのになあ・・・と首をかしげた。

1ヶ月ほど前に「ニーチェの星の友情」という言葉を調べていて、茂木健一郎さんのブログに行き当たった。それがなかなかおもしろい。そこに数日前、茂木さんが自分の髪の毛は自分で適当にハサミで切っていることが書いてあって笑ってしまった。そういうヘアスタイルだったのか・・・。でも彼にはほかのヘアスタイルは似合わないような気がする。

私が最初に「星の友情」という言葉を見かけたのは、まどかさんの「チケットの行き先違う夜長かな」という2009年10月の俳句の解説だった。有名な言葉らしいが(ニーチェはワグナーと親交が深かったが、ワグナーが領主をパトロンに音楽を創り始めた頃から疎遠になってしまった。後にニーチェがワグナーとの友情を振り返って書いたものの中にその言葉がある。著書は「悦ばしき知識」)私は知らなかった。

茂木さんのブログにあった「星の友情」は禅僧、南直哉さんとの友情についての記事だ。

南直哉さんと私は「星の友情」

ニーチェの「悦ばしき知識」にあるように、

お互いに遠くに相手の姿を認め合いながら

再び相まみえるまで人生という

虚空の中を流れていく     (茂木さんの2009・3月のBlogより)

 今度は数日前、茂木さんのブログで、彼が黛まどかさんの湯河原の句会に参加されていることを知った。「嵐樹」という俳号を考えて行ったのに、「天保丼」という俳号を賜ったとか・・・(笑)

 まどかさんの俳句だよりはもう3年ほど前から読んでいる。それが「星の友情」という言葉を介して茂木さんとつながっていたのを発見してちょっと嬉しい。

茂木さんのブログは「クオリア日記」

http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/

「クオリア」とは感覚の持つ質感という意味らしいが、これをキーワードとして脳と心の関係を研究されているらしい。私には辞書が必要だけれど、英文のエッセイもとてもおもしろい。茂木さんの子供時代の記憶やエピソードを題材に書かれている記事が多く、楽しませてもらえる。

付  ニーチェの「悦ばしき知識」の中から

「星の友情。──われわれは友達であったが、互いに疎遠になってしまった。けれど、そうなるべきが当然だったのであり、それを互いに恥じるかのように隠し合ったり晦ましあったりしようとは思わない。われわれは、それぞれの目的地と航路とをもっている二艘の船である。もしかしたらわれわれは、すれ違うことがあるかもしれないし、かつてそうだったように相共に祝祭を寿ぐことがありもしよう、──あのときは、この勇ましい船どもは一つの港のうちに一つの太陽の下に安らかに横たわっていて、すでにもうその目的地に着いたように、そして同一の目的地をめざしていたもののように見えたかもしれない。しかしやがて、われわれの使命の全能の力が、ふたたびわれわれを分かれ分かれに異なった海洋と地帯へと駆り立てた。そして、おそらくわれわれは、またと相逢うことがないであろう──万が一、相逢うことがあるとしても、もう互いを見知ってはいないであろう。さまざまの海洋と太陽が、われわれを別な者に変えてしまっているのだ! われわれが互いに疎遠となるしかなかったということ、それはわれわれの上に臨む法則なのだ! まさにこのことによって、われわれはまた、互いに一そう尊敬し合える者となるべきである! まさにこのことによって、われわれの過ぎし日の友情の思い出が、一そう聖なるものとなるべきである! おそらくは、われわれのまことにさまざまな道筋や目標が、ささやかな道程として包みこまれるような、巨大な目に見えぬ曲線と星辰軌道といったものが存在するのだ!──こういう思想にまで、われわれは自分を高めようではないか! だが、あの崇高な可能性の意味での友人以上のものでありうるには、われわれの人生はあまりにも短く、われわれの視力はあまりにも乏しい。──されば、われわれは、互いに地上での敵であらざるをえないにしても、われわれの星の友情を信じよう。」

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アコママさんの写真展(Non)

2009・12・9

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アコママさんが写真を始められたのは、もう20年くらい前だとか・・・。以来ずっと写真を趣味としてあちこちに撮影会に出かけ、技術の研究にも余念がない。写真というのも極めれば奥が深く、次々と新しい課題が出てくるようで、なかなか満足ということがないらしい。彼女はいつもチャレンジャーである。

今までに数回のグループ展も開かれたが、今回は志木の駅前のギャラリーで開催されるということで、同窓生8人で出かけた。写真歴何十年という方も多いらしく、ちょっと私たち素人には、撮れない・・・と思うような写真がたくさんあった。色も構図もやはり磨かれたセンスのよさがはっとするような写真を創り出している。ここに載せられないのが残念だけれど、数日後の今でも頭の中に記憶として定着している写真が何枚もあった。

アコママさんは、今人物を取り込んだ写真をめざしておられるらしく、2枚とも人物の写真だった。一枚は子供たちが水遊びに興じている写真で、水しぶきが冠のように美しくあがり、石を投げ込んだ子供の歓声が聞こえてくるような感じがした。もう一枚は海辺で語らう若者のカップルだが、彼らの楽しそうな姿をやさしく包む海が深いうねりとともに見事に捉えられていた。どちらの写真にも彼女の温かなまなざしが感じられる。写真は確かに機械でレンズを通して見た情景だけれど、撮影者の人柄や心意気が作品に出てくるということを実感した。

帰りに平林寺に行った。臨済宗、妙心寺派のお寺で、広い境内には、紅葉、スギ、松、槙などの木々が植えられている。平林寺をこの地に移した川越藩主、松平信綱の墓所もある。まだ紅葉も美しく、私たちは中学生、高校生の昔に還って賑やかにおしゃべりをしながら、散策を楽しんだ。

ここの山門はアコママさんが雪の降りしきる中、僧が雪掃きをしている姿を撮影し、賞に輝いた場所、今日はもうすぐ落ちそうな夕日に紅葉が僅かに光っていた。

皆、美しいものを見、こうして集える自分たちの幸せに感謝した一日だった。

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冬に食べる野菜達 (kaz)

2009・12・7

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ラインダンスのように並んだ美脚達。今から土をかぶせられます。
収穫した大根は土をかぶせておくと春までみずみずしさを保ちます。

2枚目 人参も土に埋めて貯蔵します。

3枚目 長ネギも白い部分に土をかけておけば春まで大丈夫。

4枚目 並んで食べられるのを待っているキャベツ達。

5枚目 チンゲンサイもきちんと整列しています。

6枚目 春菊は早く食べないとこれからの寒さにやられてしまいます。とり
    たては生で美味しくいただけます。生の白菜と春菊をゴマドレッ
    シング等で。

7枚目 お天気続きで、春に食べる青菜がもうこんなに育っています。

以上、全部母が育てた無農薬野菜です。ふんだんに新鮮な野菜を食べられ
ること・・・この上ないシアワセと思っています。

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生き返ったデンマークカクタス (Non)

2009・12・3

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花が生き返るというのは、うれしいものだ。昨年いただいたデンマークカクタス、いただいたときは、とても美しい花がいっぱいついていたのに、みるみる花が落ちてしまい、葉っぱも弱々しくなってしまった。「このままだと、もう枯れちゃいそう。きっと温室から出て環境が激変したからかも・・・」と運の悪い花たちを嘆いていた。よく見ると葉っぱも薄くて元気がない。しばらくそのままにしてあきらめていた。

秋の終わりに夫がそのデンマークカクタスの葉っぱを短く散髪してしまったので、ますます寂しい姿となってしまった。でも、まだなんとか生きている。

花のない小さくなってしまったデンマークカクタスは我が家の人々から忘れられ、シクラメンが咲き誇る窓辺で一冬を静かに過ごした。

今年の春、暖かくなってきた頃、「あれ、新しい芽がでてきたよ!」と言われ見てみると散髪され、短くなった葉の先にやわらかな新しい葉っぱが生まれていた。それはぐんぐん伸び、秋のはじめにぽちっとした蕾がついたのだ。

そして、今、なんと去年よりたくさんの大きな花をいっぱいつけて美しく咲いている。Nakagawa_019 Nakagawa_022

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晩秋の風景 その3 (kaz)

2009・11・30                                                                1

11月も下旬というのにおととまで昼間の気温が15度以上まで上がる陽気が
続いていました。

この暖かさのせいでしょうか、春に咲く花達がポッポッと咲いています。
季節はずれに咲く花はたまにありますが、こんなに出揃っちゃうと「何か
変・・・」と思っちゃいます。

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晩秋の風景 その2 (kaz)

2009・11・271

秋も深まってきました。母と2人で3本の柿の木に成った柿の皮を必死の思
いでむき、干したところです。もう一箇所にも干しているのですが、数に
すると合わせて2千個近くあると思います。これも、母の「実ったものは無
駄にしない」精神の賜物です。母は沢山の干し柿を吊るすと「とても豊か
な気持になる」と言います。ご近所でもこれだけの数を干している家は無
く、この光景を見る年配の人達は「好ましいごど」と言ってくれます。

今は飽食の時代ですが、食料の乏しい時代を過ごした世代の人達にとっ
て、食料が豊富にある光景は「豊かさ」につながる好ましいことと感じる
ようです。

2枚目 蔵のそばの蜂谷柿。これも1個残して全部とり干し柿にしました。

3枚目 クリスマスホーリーの赤い実。寒くなってくると温かさを感じる赤
い物がとても目に嬉しいもの。

4枚目 これも目に嬉しい真っ赤なゼラニウム。

5枚目 この紫陽花も晩秋まで美しく変化してくれました。

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晩秋の風景 その1(kaz)

2009・11・21

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 稲の取り入れもすっかり終わり、すでに新米を食べられる季節になりまし
た。今週末には、新米で作った地酒(一ノ蔵)の「しぼりたて」も味わえ
ます。

お酒の味は、一.水、二.米 三.杜氏と言われるように、その年のお米
の出来栄えが大きく影響します。毎年、「しぼりたて」を味わうのが私達
夫婦にとって楽しみの一つ。「今年はどんな味かな~。」

2枚目 純白だった紫陽花も素敵に色を変えながら、まだ味わいを残してい
ます。

3枚目 あの刈られなかったヨウシュヤマゴボウも葡萄のような実をつけ
て、あとは朽ちるだけ。

4枚目 今咲いている花はこれだけ。野菊のヨメナ。深い紫が魅力的。

5枚目 秋にもう一度咲く四季桜。10月23日に見学した皇居の宮殿の前の庭
にも咲いていて皆の目を惹きました。

6枚目 ブルーベリーの紅葉も美しいです。

7枚目 妙丹という種類の柿。今から干し柿にします。

8枚目 木々の葉も落ちて。

9枚目 荒れ始めた竹林。強風や、寿命などで倒れた竹を来年の春まで整理
しないといけません。2 3 4 5 6 7 8 9

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オペラ「ヘンゼルとグレーテル」 (Non)

2009・11・17

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先日、NISSAY OPERA 2009で「ヘンゼルとグレーテル」ブレーメン劇場版を鑑賞することができた。E.フンパーディンクの作曲(1890年ごろ)によるもので、2007年、ドイツブレーメン劇場にて初演、大好評を博した作品らしい。

私の子どもの頃は、童話といえばグリムに代表されるヨーロッパ(イギリスやドイツ、フランスなどだが)のものがほとんどだった。今でも妙に心に残っているのは、「雪の女王」「眠り姫」「不思議な国のアリス」そしてこの「ヘンゼルとグレーテル」だ。どこか不思議な世界に飛び込んで、不安ながら勇気をもって苦境にたちむかっていき、最後は自分の力で幸運をつかむ・・・そんな冒険心をかきたててくれるようなわくわく感がそれらの話にはつまっていた。

「ヘンゼルとグレーテル」だけではないが、民話的な話をもとにしたものは、そのストーリーが少しずつ変化していき、かなり「話が違う!」という結果になっているものが多い。昔「三匹のこぶた」のラストシーンについていろんな話を集めて比較したことがあったけれど、この「ヘンゼルとグレーテル」も父はもう亡くなっているという話、母は継母で子供は捨てられたという話のものもある。10年ほど前になるが「本当は残酷な グリム童話」という本がベストセラーになったことがあった。しかし、グリム童話の初版から第7版までの改訂はすべてグリム兄弟自身によってなされたというから、世間の批評を鑑みて訂正されたようだ。

今回のストーリーは子供たち向けのオペラということで、「神は最後の最後にはよきものを与えられる」というメッセージをこめたHappy版であった。(作曲者の実妹が子供のためのオペラということで台本を書いたようだ。)

音楽は読売日本交響楽団、指揮は下野竜也さん、声楽家たちもすばらしい歌声だった。

グレーテル役の臼木あいさんは東京芸大大学院独唱科を主席で卒業されたとか、ほかの方たちも音大卒で二期会のオペラプロフェショナルコースを修了したような人ばかり、言葉ははっきり聞こえ、おまけに字幕も出るので、とてもしっかり台詞が伝わる。

また舞台美術が印象に残った。第一場の子供たちの家を除くときわめて簡略化された象徴的な舞台装置で衣装も子供たち以外はかなり現実ばなれした世界を感じさせるユニークなものだった。白と黒のみの碁盤もようで魔女の家が表現され、幾層ものその模様が左右に揺れるだけで実際に家がゆれているような感覚になったりする。ちょっと今まで見た事のない工夫された舞台だった。

1、       魔女がとらえた人間をかまどでお菓子にやいてしまうという扉の中に幾人もの赤い人間がうごめいているシーンは、「残酷なグリム童話」を連想させられた。

2、       ヘンゼルとグレーテルは、おなかをすかした貧しい子供たちである。夢の中に出てくるたくさんの奇妙な姿のウエイターがゆっくり運ぶごちそうのシ-ン、いかにも夢の中のごちそう・・・という感じの演出だった。

3、       劇場に入るともう幕はあがっていて、舞台には雪化粧のお菓子の家が一つ置かれている。上からサラサラと粉雪が舞い降りてきて、観客はすぐ童話の幻想世界に引き込まれる。

高校時代、演劇部に所属し、文化祭や養護施設への慰問上演などに熱中していた。あの頃、こんなにすばらしい舞台を見ていたら、どんなことを考えたろう。民芸や文学座の公演もたまに行っていたけれど、こんな斬新な舞台美術はまだあの当時は、なかったように思う。Nakagawa_026_3

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