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京都 思い出のさくら散策

2008・4・16

306070_3    東京に来てからもう40年以上たったので、京都で暮らした年月の2倍にもなる。東京が嫌いなわけではないけれど、年齢を重ねるにつれ、子供時代を過ごし、祖父母、父母、伯父、伯母、従姉妹たち、友人たちとの思い出がたくさんある京都がとても懐かしく思い出される。今京都に住んでいるのは、従兄だけでそれも宇治の御蔵山と、ずっと南の方なのだ。ほかは、大阪や滋賀県に引っ越したので、京都を訪ねることは、ほとんどなくなってしまっていた。

ところが、2年前、ふとしたきっかけで、小学校3年生のクラスで一緒だった幼なじみのS君が「京都の風景」という写真のHPを開かれていることを知り、ふふ、50年ぶりにメールをした。S君は、私が小3まで住んでいた衣笠山のすぐふもと、龍安寺の近くに、今も住んでおられ、毎日のようにドッジボールや鬼ごっこをした仲間をちゃんと覚えていてくれたのだ。以来毎週末に更新される「京都の風景」で、季節ごとの旬な京都を楽しませてもらっている。「ああ・・・ここ、ここ」と懐かしい場所もあるし、私が知らなかった京都の風景もたくさんある。居ながらにして京都NOWを堪能させてもらっているのだ.

「京都の風景」http://www.geisya.or.jp/~akios/Kyoto.index.htm

今回はたくさんの美しい桜の写真の中から、私の思い出が蘇える写真をお借りして紹介させていただいた。

嵐山

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1、

こkここは、懐かしい場所だ。まだ小学校に上がる前から、嵐山にはよく行った。ちょうど、渡月橋が見えるこのあたりで、中洲に渡るため父が私を抱いて流れの速い川に足を踏み入れる。怖がりの私は音を立てて流れる白い波がおそろしく、平然としている弟を前に大声で泣いた。ちょうど桜の季節・・・水は冷たくて水量も多かったように思う。その流れに桜の花びらが渦巻くように飲まれていた。ここからの景色は秋も美しいが、桜の季節には、いよいよ嵐山始動という元気が湧いて来る場所だ。

平安神宮

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こここの一枚はとてもお気に入り。東山魁夷さんがここに立ったら、きっとすぐ絵筆を取られたことであろう。まるで絵のような一枚だ。平安神宮には、近くに岡崎運動公園があったので、よく行った。ソフトボールの試合もいつもそこでやっていた。だからあの大鳥居はお馴染みだったけれど、庭園に入ったのは、義母と二人で散策したあのときが初めてだった。やっぱり枝垂れ桜がきれいに咲いていた。こんなに美しい庭があったのか・・・と驚いた。

白川

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3、

しし

白 

  

   私の住んでいたのは、西北だったので、このあたりには、あまり土地勘がない。でも、洋裁をやっていた叔母に、できあがった洋服を届けるようにと知恩院さんの近くによくお使いを頼まれた。おだちんをもらうのが嬉しくてはりきって出かけた。多分小学校高学年の頃だ。帰りにちょっと知らない場所を歩き、冒険する。このあたりは、なんかちょっと粋な雰囲気なのだ。小さなきれいな川の橋を渡るのも楽しみ。流れは結構速く、水もきれいだ。「紙屋川もこんな川やったらいいのに・・・」桜が咲いていたかどうか、記憶はないが、伸ばせば手の届くところに陽の光を受けて流れる白川はよく覚えている。

龍安寺の池

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龍安寺は、学区域だったので、遊び場でもあり、学校からよく写生に連れて行ってもらった。もちろん、外庭の方だ。中に小さな島のある池の名前が「鏡容池」というのは、最近S君に教えてもらったことで、当時は名前も知らず、「龍安寺の池」だった。この写真もとても好きだ。背景に写っているのは、見慣れた懐かしい山・・・当時はこんな素敵なロケーションで山を見たことはなかったけれど、この山を駆け巡った思い出が蘇える一枚だ。

平野神社

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5、ここは通っていた小学校のすぐ隣の神社だ。桜のほかに大きな椿の木が何本もあって、木登りをして遊んだ場所。平野神社がさくらで有名な場所だったことを知ったのは、オーストラリアの友人の部屋にかけてあったカレンダーを見たときだった。この写真とかなり似ていて、一目見て、「あれ?」と思い、近づくとやっぱり「平野神社」と書かれていた。 

鴨川

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6、

この写真もお気に入り。なんて心があたたかくなる情景だろう。明るい太陽の恵みの中で、川はおだやかにせせらぎ、歌い、桜はのんびり風に揺らぐ。ひなたぼっこの親子は、きっと幸せな家族、足を投げ出して川面を眺める少女はいつかの自分のようにも思える。この写真を撮るべく、カメラを向けているS君のあたたかさも伝わってくる。

醍醐寺

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ここは、私をとても可愛がってくれた伯母とよく行った場所だ。最後に行ったのは、桜の季節・・・。山門をくぐり、桜吹雪を浴びながら緋毛氈でお茶をいただいたあの日がまるで昨日のことのようだ。東京から京都に戻り、宇治で暮らしていた伯母は、あのとき咲いていた山吹を指差して「山吹のいっぱい咲いているお寺にお墓を買ったから、私が死んだら必ず来てや・・・」と言った。今は山吹の琴坂を登った興聖寺、道元開祖の寺に眠っている。

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コメント

「幼い頃の思い出の場所は京都の名所」というのは、とても贅沢なお話ですね。良い骨董品を見て育つと本物を見る目が養われると言われますが、Nonさんはそんな環境の中で青年期まで過ごされたわけですから懐かしさや故郷を恋しく思う気持ちは人一倍のことと思います。

Sさんの写真から、とても良い平衡感覚を感じます。お人柄が偲ばれますね。

投稿: kaz | 2008年4月18日 (金) 16時05分

小さい頃はもちろん名所という意識はありませんでしたが、東京にきて、みんなに「あら、京都はいいわねえ」と言われ、そうなのか・・・と思うようになりました。誰でも小さい頃に過ごした場所は懐かしいものだと思いますが、京都でさえ、少しずつ変化していくのはしかたがないことなのでしょうね。

S君は私の知るかぎり、とても幸せな人生(生まれてから今までずっと)を過ごして来られた人物です。写真にもそれが何となく出ているような気がします。kazさんも同じかな。

投稿: Non | 2008年4月18日 (金) 18時07分

今でもそうですが東京に出てきた頃「関西なの?」と問われると「京都です、金閣寺の近く・・・」と言うのがうれしかった。
京都といってもほんの少ししか知らないのだとS君のHPを見て思いました。私はまだ姉が住んでいるので帰郷したら行って見たいところが一杯あります。彼の写真はどれをとってもほのぼのしますが、鴨川のが、私もすきです。

投稿: アコママ | 2008年4月21日 (月) 14時18分

ふふ、わたしたち、ほんとうに素敵なところで子供時代を過ごしていたのですね。
アコママさんやS君に出会うまでは、写真にはたいして興味がありませんでした。でも、いろいろな写真を見るようになって、レンズが捉える風景にも、それを写す人の思いが出ることに気づきました。S君の「鴨川」の写真に、私が京都を懐かしく思う「白い、明るい土の色」があります。これは、関東に来て(黒い土)なかなか慣れることができなかったものの一つです。

投稿: Non | 2008年4月21日 (月) 15時03分

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