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2008年12月

ウラジミール・ミシュクピアノリサイタル

2008・12・30

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一昨日は次男の嫁と東京オペラシティーにウラジミール・ミシュクというロシアの中堅ピアニスト(1990年チャイコフスキー国際音楽コンクール、ピアノ部門第2位)のリサイタルに出かけた。先月何気なく見ていたチラシが目に留まり、曲目を見て聴いてみたくなったのだ。「展覧会の絵」のほかに、クライスラー(ラフマニノフ編曲)の「愛の悲しみ」「愛の喜び」リストの「ラ・カンパネラ」「ハンガリー狂詩曲」ショパンの「ノクターン20番」「英雄ポロネーズ」など馴染みの曲ばかりで、これらはフジコ・へミングさんのCDでよく聴いているので、ピアニストによってどんなふうに感じが違うのかも興味があった。

定刻になり、ミシュクさんが現われた。黒いソフトなシャツでラフな服装、パンフレットの写真ではわからなかったが、30代後半か、メタボ予備軍といった感じで、嫁と目を合わせ、ニヤリ。そういえば、ウィーンの音楽会でも俳優のように端整な顔立ちのヴァイオリニストのお腹がふくよかに出ていたのを思い出した。

さて「展覧会の絵」が始まった。これはムソルグスキーの友人であった画家ハルトマンの遺作展覧会の中から強い印象を受けた10点の絵を音楽にしたものだそうだ。それらの絵を見て回るそぞろ歩きが「プロムナード」として間に出てくる。これは、とても懐かしい曲だ。中学時代、踊りの大好きな先生が振り付けてくれ、文化祭で踊ったので、特にこの間奏曲はよく憶えている。ミシュクさんの演奏はダイナミックで、迫力があり、ピアノ1台なのに、もう一台ピアノが隠れているのかと思うくらい、まるでオーケストラで聴いているような錯覚が起きた。

小休憩のあと、クライスラーの曲「愛の悲しみ」。これはさっきの演奏とはまるで違い、優しい流れに包まれた。「ラ・カンパネラ」はフジコさんのと1オクターブ違うのではないかと思うほど、高音が耳に残る演奏だった。前者は長年使い慣れた魂にずしんとくる大きな鐘、後者は新しく付け替えられたきれいな鐘といった感じだ。ミシュクさんは技巧派として知られているそうだが、確かに技はすごい。そのあとにこれはまたまた穏やかに心に染み入る曲が流れた。プログラムにはない曲だった。でも聴いたことのあるメロディーだ。

(それはリストの「コンソレーション」だった。)この曲を聴いて、「ああ、今日このコンサートに来てよかったあ・・・」という気持ちになった。

私のもっとも期待していた「ノクターン20番・遺作」はものすごくゆったりとした演奏だった。こんなスローなのを聴いたのは、初めてだ。中村紘子さんのを聴いたときも、「すごいゆっくりだなあ・・・」と思ったけれどそれ以上で、第2部から第3部に移る時など曲が終わったかとおもわせるほど間があった。ふ・・・・・ん、でもあの沈黙に音楽を感じさせるのは、誰にもできることじゃない。「英雄」はやはり迫力に満ちた演奏で、プログラムはうまく構成されているのだと改めて感心した。アンコール曲のドビュッシー「月の光」と「喜びの島」もいい演奏だった。

終了後、結局「コンソレーション」の入っている「リスト名曲集」のCDを買った。ミシュクさんがサインしてくれるというので、大勢が並んでいた。嫁が「お母さん、並ばないのですか?」と言ったので、「友達がいたらのりのりになっちゃうんだけどなあ・・・」と言ったら、「私が荷物、みんな持っててあげるからさあ、並んで!」と私の手は、CDだけになった。嫁は、ヴァンゲンハイムさんのときのことを知っているので、笑いながら待っていてくれた。誰も無口で、ミシュクさんも無表情に機械的にサインしているので、列はどんどん進み、私の番になった。なんか言わなくちゃ・・・

This’ll be my best CD!  Thank you!」本当は、キース・ジャレットのヘンデルがMY BESTかも・・・と思いながらミシュクさんに言った。ミシュクさんは表情を変えなかったように思えたのだが、あとで少し離れたところで見ていた嫁が「お母さん、なにか言ったのですか?ミシュクさんが笑ってましたよ。」と言った。ふふ、ミシュクさんは私の心の中の言葉も聞いたのかも知れない。

帰宅後ネットで調べたらミシュクさんは、ここ数年、日本の全国あちこちのコンサートツアーをしておられるみたいだった。お手ごろの値段でいい音楽が楽しめる。もっと音楽が庶民の楽しみになることはとてもいいことだ。来年は孫も就学児になるので、連れて行きたい。

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やったね!アコママさん!(写真展入賞)

2008・12・27

もう、6,7年目になる恒例のusakoさん宅での忘年会、正午に吉祥寺駅で待ち合わせ、みんなそれぞれに食べたいものを買い物し、おしかける。料理の得意な彼女が昨夜から準備していてくれるおでんや京風漬物がとても楽しみだ。焼き鳥は出来合いじゃだめ、その場で焼き上げて塩だれでいただく。これも申し合わせだ。おいしいお酒も手に入れた。

実はこの忘年会、諸事情で年明けに延期になりかけていたのだ。でも、前日急遽、「やりましょう!出てきてね!」ということになった。

それは、アコママさんの写真がふるさと埼玉を紹介する写真コンクールで「特選」に選ばれたというニュースが入ったからだ。「やったね!おめでとう!」つらいことも嬉しいこともみな一緒にという私たちには、自分が入選したみたいなものなのだ。

乾杯は「よかったね・・・」から始まった。アマチュア写真歴15年、グループ展も何度か開かれた。重いカメラをかついで、あちこちに撮影に出かけている彼女にはみんな感心していた。「よく行くわねえ・・こんなに寒いのに・・・」最近では足に痛みが出てきたというのに、撮影となると痛み止めを打って出かける。(「アコママのつぶやき・・・生き甲斐」参照)

私もときどき、一緒に出かけて写真を撮るけれど、気合の入れ方が違うから、私はもう撮るところがなくて次に行きたいのに、アコママさんは一箇所に留まって動かないのだ。風がやむのを待っていたり、陽射しの変化を見守ったりしている。そのこだわり精神がなくてはいい写真は撮れないのだ。

年あけての展示が楽しみね・・・ということになり、例のように学生時代の話、友達の話、家族の話、世の中の話・・・と限りなく続き、昼すぎから始まった話は夜になっても終わらない。「なんでこのメンバーはこんなに気が合うんやろう。誰も欠けたらあかんえ。みんな長生きすること!!」とusakoさんのおでんをおみやげにいただき、お開きとなった。おなかもいっぱい、心には幸せいっぱい。

アコママさんの写真はまだここでは公表できず、残念ですが、解禁になったら紹介させていただきます。

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シャトー・マルゴー(CHATEAU MARGAUX)試飲会

2008・12・20

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今回の句会は季題が「晩秋」か「初冬」ということだった。

メンバーも少し増え、9名の参加。前回に指摘された「季重ね」も少なくなり、皆なかなか上達したんじゃあ・・・と思える俳句が揃った。私はというと、夫の入院や新しく習い始めたピアノの練習に時間がとられ、もともとそんなに好きではない俳句のことはどこかにとんでしまっていた。しかし、締め切りが迫ってきてあせりながら作ったので、ちょっと物足りない句になってしまった。

1、すれ違う人みないとし年の市

 (これは、心象風景だ。子どもの頃、父は毎年、年末になるとお正月のお飾りなどを売っている市に私たちを連れて行ってくれた。ふだん父と買い物に行くことはめったになかったので、とても嬉しくはずんだ気持ちになる。そして自分が幸せであると、すれ違うみんなも幸せなのだと思える。思わず声をかけたくなる・・・そんな気分だ。)

2、手をつなぎオリオン仰ぐ孫と婆

 (遊びに来ていた孫が帰るので、いっしょに玄関先に出ると、ちょうど真正面にオリオン座が光っている。次男が車を出すのを待っている間、孫と手をつなぎ、星を見上げる。昔はムーン、ムーンと月だけが天体だった孫も星座を見分けられるように成長してきた。)

3、夜も更けて星の澄みゆく聖夜かな

(クリスマスの季節になるとイルミネーションが華やかに夜の町を彩る。こんな住宅地にも家庭用のイルミネーションがあちこちに光っている。でも時間が経ちそれも消えて暗い夜になると、本当の星が美しく光り始める。聖夜はきっとこんな夜・・・)

9人のメンバーがそれぞれ3句を選び、次にその中でも一番好きな句を一つ挙げる。「一番好きな句」に選ばれた者はその句を作ったときの状況などを解説する。私の句は1と2がとられたけれど、3は残されてしまった。きっとそんな夜更けまで星を眺めている人なんかいなかったのだろう。(笑)

今回の句会には、すばらしい企画があった。それは、以前レストランを経営していたTさんが、大切に残しておられたシャトー・マルゴーの1984年ものをみんなに飲ませてくれるというのだ。そのワインは飲んだ後、吐く息がバラの香りのするというすごい代物だ。五大ワインの女王様格。渡辺淳一の「失楽園」で主人公たちが心中するときに、飲んだのもこのシャトー・マルゴーだそうだ。

その味のよさを明確にするために2005年のヴィンテージワインと飲み比べる。冷やされていたワインは1時間前に空気に触れさせるため栓が開けられた。シャトー・マルゴー1984は、コルクがさすが古びていて25年前のワインなのだ・・・と見て取れた。

句会が終わるや否や、テーブルに持ち寄ったおつまみが並べられ、それぞれ二つのワイングラスにワインがそそがれた。私はこんな上等のワインは飲んだことがないので、いったいどんな味がするのだろうと楽しみだったが、1984年はさすがまろやかなやさしい味わいで熟成したワインなのだ・・・と素人にも感じられた。2005年のヴィンテージも甘味、酸味のほどよいおいしいワインだったが、これは、いつも飲んでいるワインのようにどこか鋭く刺す感じが残る。う・・・うん、やっぱり違うなあ・・・

今日の句会では、みんなシャトー・マルゴーのイメージが強く、講師の話はあまり頭に残らなかったようだ。(笑)

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年賀状だけの縁

2008・12・15

 

今年も12月半ば、年末にはいくつかのイベントが入っているので、早めに年賀状の準備をしなければ・・・と2008年の賀状を取り出した。今は昔ほどたくさんのやり取りはなくなったけれど、それでも長い間会わないのに、年賀状だけはやりとりしている友人や昔の仕事仲間がけっこういる。友人の中には、卒業以来、一度も会っていないのに、ずっと年賀状が往復している友もいて、なんだか不思議な感じがする。そういえば、年賀状受付開始のイベントで嵐の櫻井君が「年賀状だけでつながっている友」と言っていた。

上野千鶴子さんの本には、ほとんど会わなくてもなんとも思わない人間関係など「友」とは言わない・・・というようなことが書いてあったが、それでもお互いに相手のことを心のほんの片隅にでもおいているのは間違いないし、年賀状を書いたりもらったりするときだけでも、思い出しているのは事実だ。

人の縁というのは、不思議で、交流中にはこの人とは、後々まで友として縁があるかどうかよくわからない。長い時間や空間を隔てて再会して初めて、この人とは縁があったのだ・・・と思うのである。

先月も高校時代の友人13人の同窓会があったが、時間も場所も遠く離れた今になってまた同じ席でお酒を酌み交わすことなど当時は予想もしていなかった人たちばかりだ。でも昔からまた再びこうして交流できる設計図が組み込まれていたのだと言えなくもない。

してみるとこうして一枚の年賀状で細く長くつながっている人とも、今は自分の知ることのできない縁があるのだろう。今年も無事平穏に(ま、いろいろあったけれど)一年を過ごせそうなことに感謝しながら、新しい年を迎える心準備として年賀状を書くことにしよう。

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秤よ 秤、世界中で一番・・・・

2008・12・11

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先日、新しい体重計を買った。体重は小数第2位(kg)まで出るのと、体内水分量、推定骨量、体脂肪率、基礎代謝、体内年齢までが出る。以前違う秤ではかったら、体脂肪率が30%もあって、息子から「太ってなくても、内臓脂肪が多いんじゃないの?もっと歩いたほうがいいよ。」と言われたので、ちょっと気になっていた。

でも、今度の体重計では、何度測っても、体脂肪率は20%前後、(日によって少し変わる)一番気になる体内年齢は41歳と出た。「ふふ、この秤、ちょっとおべっかつかってるんじゃ・・・」と嫁に訊いたり長男に訊いたら、やっぱり彼らも実年齢よりうんと若く20代なのだという。

そうかあ。測ってみて実年齢より上に出たら、その秤、いやになっちゃうものね。そういうふうにできてるのよ。ほら、あの白雪姫に出てくる鏡・・・鏡よ 鏡、世界で一番美しいのはだあれ?っていうの、あれと同じ・・・」という結論に達していた。

 ところが、次男一家が遊びにきて体重計の話になり、早速測り始めた。子ども時代、青年時代はスリムだったのに最近メタボ化してきた次男が乗ってみると・・・なんと彼の実年齢とほぼ同じ体内年齢の数字が出た。「あら、この秤、おべっかつかいじゃなかったんだわ。ちゃんと正直、正直、」と大笑いになった。  

「あんた、たばこ、やめなさい!」

「それ以上、太っちゃだめ。」

次男は秤のおかげで、みんなからいろいろ言われ、「この秤、正確なの?」とぼやいていた。Nakagawa_088

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紅葉の異変

2008・12・2

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(2008京都仁和寺の紅葉・・・S君撮影)

昨日、何気なく見ていたテレビで京都の龍谷大学の増田啓子さんが「紅葉の様子は地球環境の指標になる」として京都の紅葉を長年定点観測されてきた結果を話されていたのが耳にとまった。紅葉は一つは寒さ、もう一つは水分が十分でないと美しく色づかないそうだが、最近は10度以下になる日数が少なく、以前のように美しい紅葉が見られなくなったというのだ。2001年と2007年の定点観測の写真が出ていたが、一目瞭然の結果だった。

紅葉の名所、東福寺では以前から悩んでいろいろ工夫を重ねてこられたようだ。木に水分が十分行くように、苔を根元にはりめぐらせたり、勾配の部分に石段を設け雨水が木の方に流れるようにしたりという具合だ。数年前、ちょうど紅葉の時期に東福寺を訪れたことがあったが、あの目も覚めるような鮮やかな紅葉はそんな努力の賜物だったのかと思い至った。

我が家でも、5年程前、越してきたときに植わっていたもみじがあまり美しく色づかないというので、新しい木に植え替えた。その年の秋にはけっこう美しい色を見せてくれたが、次の年は少し黄色くなったかと思ったら今度はすぐ茶色になってしまいがっかりした。土が悪いのかという考えも出たが、そのまた次の年には、今までになく真っ赤に色づきびっくりしたのだ。気温や水分などの関係はあまりよく知らなかったが、なんとなく「寒い日が多かったから・・・」という話で落ち着いていた。これからもうちょっとその因果関係をしっかり見ていきたい。

「京都の風景」を発信してくれている友人の今年の紅葉の写真は、どれもとてもきれいだ。この写真を見る限り、まだまだ大丈夫という気もするが、地球環境の指標になるときくと、ますますいつまでもこの鮮やかな紅葉が見られるようにと願わずにはいられない。0amida_2 04290870

(写真は上・阿弥陀寺、下はニ尊院・・・S君撮影)

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