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2009年1月

カレル橋 (Kamichan)

2009・1・30

Yorunokareru_4 ヴルタバ川に架かるプラハ最古の美しい石橋「カレル橋」を歩きました。
チェコ語でモルダウ川のことをヴルタバ川と言います。かなり川幅は広くゆったり流れていました。橋の上は世界各国からのツーリストがあふれかえっています。14世紀後半から15世紀の初めにかけて、カレル4世の時代にゴシック様式で建造されました。全長約520m、幅は約10mですが、半分は石の置きなおしで工事中、やや狭く感じました。両側に建ち並ぶ聖人の像は全部で30体あり、聖書から題材をとったり、歴史的な英雄をモデルにしたりして後に加えられていったものだそうです。日本でもなじみの深い聖フランシスコザビエル像は8人の東洋人らしき人たちに支えられていました。また聖ヤン・ネポムツキー像のレリーフに触れると幸運が訪れるというので、人だかりがしていました。私も触ってきました。そこだけピカピカに光っていました。また、橋のたもとにはそれぞれに塔が建っており、旧市街側の塔には入場料を取って上まで登れ、カレル橋を眺めたり、プラハの歴史の映像を見られたりします。夜のライトアップされた橋はまた一段と素敵でした。

     

Burutabukawa Hanntaigawa Hasiwowataru Kareru4 Kareruhasi
 Zabieru_2

ザビエル像

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障害児の心理 その4 (kaz)

2009・1・27

P1010236 写真 

竹林の中の藪柑子(ヤブコウジ)
  冬に赤い実をつける「万両」や「千両」に並び、藪柑子はそのつつましや
かさから「十両」とも呼ばれています。群生している姿は、とても可愛らし
いものです。


- 軽度発達障害 続き -

4 基本的な指導のあり方 その2

軽度発達障害をもつ子ども達は、「不注意」「多動性」「衝動性」等の症状
があるため周囲の人達から叱られやすいのです。薬の服用でその症状をある
程度抑えるということはできるそうですが、薬の服用量も決まっています
し、身体にとって異物の薬にばかり頼るのは抵抗のあることです。

あるお母さんは「薬を飲むことで社会性の面ではかなり改善されるかもし
れないが、誰にでも話しかけ、笑顔を絶やさない、息子のキャラクターを
薬が抑えてしまうのが寂しかった。」とおっしゃっています。

いつも叱られてばかりいると、誰だって自分に対して自信がなくなります
し、「自分は自分であっていいんだ」という安心感・自己肯定感を持てなく
なってしまいます。ましてや自分で自分をコントロールしにくい障害を持っ
ていることにより叱られてばかりいたら本人はとても悲しくなってしまいま
すよね。

「ぼくはどうせ、だめな人間なんだ」という思いが子どものなかに育つ
と、二次的に反社会的行動などが出てくる場合だってあるわけです。NPO法
人「えじそんくらぶ」代表の高山恵子さん編著の本「おっちょこちょいに
つけるクスリ - ADHDなど発達障害のある子の本当の支援」には「セル
フエスティームを高めることこそ本当の支援」と書かれています。

それでは、軽度発達障害の子どもがセルフエスティームを高められるよう
に周りの人達は、どのように接したらよいのでしょう。(セルフエスティー
ムとは自尊感情や自己肯定感と訳されています)

次の7つのポイントが挙げられています。
(1)人格と行動を分ける。子どもの人格は傷つけずに、行動をどう改善すれ
ばいいかを伝える。
(2)頭ごなしに叱るなど、マイナスの言動を減らし、肯定的な言動を増や
す。
(3)良いところ、本人ががんばっていると思っているところを見つけて伸ば
す。
(4)ちょっと頑張れば達成感が得られる「実力プラスワン」の課題を選ぶ。
(5)失敗したときに、ねぎらいの言葉をかける。
(6)うまくいかないときに、さりげなくサポートする。
(7)「ありがとう」といわれる体験を増やす。

これらの行動の基本になるのは「失敗してもいいんだよ、がんばったこと
はよくわかっているよ」と回りの人達が努力した過程を認めてあげる気持
ちなのだと思います。「自分は認められているんだ、大切にされているん
だ」という気持ちを持てたら誰だってやる気が湧いてくるものです。

5 基本的な指導のあり方 その3

軽度発達障害の子には「手先が不器用」「運動が極端にぎこちない」という
症状もあります。全身の粗大運動・手指の微細運動を十分に行うことは、体
の平衡感覚を養う上で効果があるそうです。

そして、「対人関係がうまくできない」症状には、遊びを豊かにすること、
声を出して笑うような楽しい遊びをすることは、対人関係を知ったり、情緒
を安定させ豊かにする上で効果があるそうです。


6 おわりに

「障害児の心理」を教えてくださった先生は、もう40年間以上、発達障害を
持つお子さん、保護者、先生達に接してこられた方でした。たくさんのご経
験に基づく講義はとても興味深く、そして説得力のあるものでした。

先生がおっしゃったことの中で特に心に残ったことを書いてみます。「障
害を持った子であろうとなかろうと、『子どもは発達する存在である』と
いう基本的な捉え方がまず大切である。」「変化はいつ現われるかはわか
らないのだが。子どもは必ず変化する。その変化の方向はプラスの方向で
あると信じる。」「回りの大人たちは、自分が子どものためにやっている
ことを信じ、自分自身を信じることが大切。迷っていてはダメ、そのため
には勉強したり一生懸命考えること)。」「決してあきらめずに子どもの力
を引き出すことを心がけること。声を掛ける、援助する、教えることを繰
り返す。」「先生はまず子どもに好きになってもらわなければならな
い。」「大人は子どもに信頼されるような大人になること。」

先生は、河合隼雄の「希望を失わずに傍らにいる」という言葉が好きだそう
です。「希望」というのは「子どもは発達する存在である」という意味に、
「傍らにいる」というのは「働きかける」という意味に解釈されているそう
です。

実際に特別支援を担当される先生方のご苦労は大変なものだと思います。
最後に、本文に紹介した以外に、とてもわかりやすく軽度発達障害につい
て書かれている本をもう1冊紹介いたします。

丸山美和子著「LD・ADHD,気になる子どもの理解と援助」かもがわ出版,
2002年 

(NPO法人「えじそんくらぶ」という名前は発明王のエジソンもADHDだった
ことから由来しているそうです)
P1010279

「いわさきちひろ」さんの2006年Year's Plateです。

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世界遺産の町「チェスキー・クルムロフ」(Kamichan)

2009・1・24

Matinami2

プラハから電車で約4時間かかるオーストリアの国境に近い「チェスキー・クルムロフ」という中世の風景がそのままのこる美しい町に行ってきました。2つの丘がたちはだかる蛇行したVltava(ヴルタバ)川の中洲には小さなおとぎのような町がありました。丘の上にはお城と教会があり、高い城の塔からは町を守りながら見下ろすその時代の人々の様子が窺われます。歩いて回れるその町の道路はすべて石畳でできており、家々には壁や戸口に大きく「家番号」が付いていて、どこを探すのにも非常に便利です。Matinami1 中世の町は、真ん中に四角い広場を作るのが原則で、すぐ目の前に役場があり、町の保護者であり人々の身を守る聖母マリアと8人の聖人で飾られた円柱の像が真中に立っていました。クリスマスや、新年を迎えるイベントがそこで行われたらしく、まだテントやクリスマスの飾りが残っていました。小さな一軒一軒は、白やベージュ、クリーム薄いブルーなどの淡い色のしっくい壁ですが、何度も手を加えながら保存している細かい装飾がきちんと残されています。屋根はすべて赤茶色です。建物にはそれぞれの家の紋章が大きく描かれ、自分たちの祖先をいかに大切にしているかがよくわかります。

Siro
 厳冬期3月まではお城へは入れませんでしたが、お城の周りやお城からの景色、また庭園も冬で何も花はありませんが素敵でした。夏であったらみごとな噴水が流れ絵のような幾何学模様の花々と庭園内にあるベッラリア夏の宮殿や回転式観客席のある野外劇場や、別荘が見られるそうです。またお城と言えば必ずどこにでもみられる牢獄は、中庭の下に位置し、伝奇説があるそうです。バーツラフ4世がこの地下牢に投獄されていたそうですが、現在では国際的な陶磁器の展覧会場となり、チェコ陶芸デザイン協会により運営されています。

Sironotou

 日曜日の小雪が降る寒い朝、9時半より、教会のミサに参加させてもらいました。カイロをお腹につけ覚悟はしていきましたが、深々と身体が冷えてきて、どうしても1時間しか我慢できなくなりました。チェコ語の理解できないミサでしたが、オルガンに合わせた神聖な言葉が厳かな気持ちにさせてくれました。近くの人とできるだけ大勢握手して出ました。
 旧イエズス神学校であった郷土博物館は、ゴシック様式の彫刻が豊富に納められ、民間人の家具や工具、民芸品もきれいな色で装飾されたものが置かれてありました。キャベツの千切り器やバター桶、木製バケツ、衣装ダンスなど見られました。イエズス会寮内にあったバロック時代の薬局が完全な形で保存されているのもおもしろかったです。

Akanomon
 町の中を2日にわたって何度も何度も歩きまわり、くまなく小さなお土産屋さんも回りました。
昼には-チェコの郷土料理が食べてみたくて、レストランに入り、牛肉のグラーシュとザゥアークラウトとクネドリーキ添えを食べました。グラーシュとは良く煮込んであるお肉で、クネドリーキというのは小麦粉を使った蒸しパンのようなもので、もちもちっとしてましたがあまりおいしくなかったです。昨日の晩には、ホットワインを飲みました。やっぱその土地のものを食べなくちゃね。

Kyoudoryouri
 そうそう、テレビで見た名前はわかりませんが、チュロスのようなもののお店の前に行列ができていました。パン生地を木の棒に丸くクーヘンのように巻きつけ、火であぶって焼き、その周りにシナモンがふりかけてあります。Tyurosu1

Tyuros2

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障害児・者の心理 その3 (kaz)

2009・1・21

Sanpotyuunohuukei

(散歩中の風景)

-軽度発達障害について-
最近、「学習障害」とか「ADHD」という言葉を多く聞くようになっていま
すが、それらは「軽度発達障害」と呼ばれています。「障害児・者の心理
 その3」では、「軽度発達障害」について私が学んだことをまとめま
す。

この障害を持っている子ども達に対する回りの人達の理解があれば、育て
ている両親はとても助かります。まず、環境としての私達が症状を理解す
ること、そして私達はどのように接したら良いのかという点を述べたいと
思います。

1.各軽度発達障害の定義と症状

(1) LD 学習障害(Learning Disabilities )
「学習障害とは、基本的には全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話
す、読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使
用に著しい困難を示す様々な状態を指すものである。学習障害は、その原
因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが、視覚障
害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの障害や、環境的な要因が直接の
原因となるものではない。」(2000年 文部省(当時)定義)

症状:多種多様である。知的発達の遅れはみられず(IQ:70~75以
上)、学習に支障をきたす大きな医学的な疾患もなく、本人の学習に 取り
組む姿勢や環境にも問題がないにもかかわらず、期待されるよりはるかに
低い学習到達度を示す。コミュニケーション や位置関係、空間認知なども
弱く、運動や遊びの場においても困難さがある。

(例:算数では、計算はできるのだが、繰り上がりの桁がずれてしまったり
する。プリントに計算問題がたくさん並んでいると、隣の問題のところに
答えを書いてしまう。国語では、語彙は豊富であるが、漢字を書くのが
苦手 整理整頓が悪い 物の位置が覚えられない 等)

(2) ADHD 注意欠陥/多動性障害(Attention-Deficit/Hyperactivity
Diso rder)
「ADHDとは、年齢あるいは発達に不釣り合いな注意力、及び/又は衝動
性、多動性を特徴とする行動の障害で、社会的な活動や学業の機能に支障
をきたすものである。」(文部科学省による定義)

症状:「不注意優勢型」「多動・衝動性優勢型」、その「混合型」という3
つのタイプがある。特徴としては、「不注意」「多動性」「衝動性」であ
る。具体的には「集中できない」「すぐに気がそれる」「忘れっぽい」
「じっとしていられない」「しゃべりすぎる」「待つことが苦手」「考え
ずに行動する」「手先が不器用」「運動が極端にぎこちない」「対人関係
がうまくできない」等である。LDとADHDを合併している場合も多い。

(例:授業中集中できない おしゃべりが止まらない 等)

(3) PDD 広汎性発達障害(Pervasive Developmental Disorder)
「相互的な社会関係とコミュニケーションのパターンにおける質的障害、
および限局した常同的で反復的な関心と活動の幅によって特徴づけられる
一群の障害。」(WHO ICD-10より抜粋)(この障害の中核を成すのが自閉
症で、別の言い方をすれば、広汎性発達障害は、自閉症類似の病態の総称
であり、自閉症を含む広義の自閉的発達障害群であるともいえます。自閉
症も重度から軽度まであります。)

症状:社会性や意思疎通の発達異常、興味・関心の範囲が狭い、反復行
動、想像力の未発達などの特徴がある。

(例:視線が合いづらい パターン化された行動をとる 等)


2 LD,ADHD,PDDの障害がおきる原因

「中枢神経系の脳機能障害であり、神経伝達物質(ホルモン)の1つである
ドーパミンの分泌が悪いということがわかってきている。」

つまり、心因性のものでも環境的なものでもなく、脳の働きの機能不全と
いう器質的なものであるということです。


3 基本的な指導のあり方 その1

原因がホルモンの1つであるドーパミンの分泌が悪いということですか
ら、大人が気をつけるべきことの1つに、ホルモンの分泌を十分に促す生活
を確立させることが挙げられます。睡眠のリズムとホルモンの分泌にはと
ても深い関係がありますから、早寝早起きをさせホルモンの分泌を十分に
促し発達の土台を培うことが大切です。

「早寝早起き」はもちろん健常児にも同じようにとても大切なことです。
子どもの発達には、脳の働きを良くさせることが大切で、脳のコンディ
ションを良くさせるためには、まず「良い睡眠をとる」のが一番。できれ
ば、夜8時~朝6時の時間帯の睡眠が理想的で、もしそれができなければそ
の1時間ずらした時間帯にすると良いそうです。

(次回に続きます)

Sita

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ドン・ジョバンニ (Kamichan)

2009・1・18

Donjobanni

チェコではマリオネットを使った人形劇が盛んで、子どもだけでなく大人も楽しみにしている娯楽の一つとなっています。プラハには、国立マリオネット劇場や、王の道マリオネット劇場など大きいものから、町のお土産屋さんの陰にちいさな劇場があちらこちらにあります。
DAMUという国立芸術アカデミー演劇学部という人形劇科のある学校もあるそうです。Marioomise

そもそもは、紀元前からこの地に住んでいたケルト人の土俗信仰にまでさかのぼると、宗教的な儀式の一つだったと言われています。17世紀、チェコがハプスブルグ家の傘下にあったころ、プロテスタント貴族の間で流行し、18世紀末にはチェコ人による人形劇が作られ始めたそうです。
ハプスブルグ家によってドイツ語を強制されていたなか、民謡や人形劇は大衆娯楽だったためにチェコ語が使われていました。チェコ人の巡業劇団はちっぽけな家族単位の貧しい劇団であったそうですが、地方の町や村を回っているうち、その中から有名な人形遣いが現れてきたそうです。そして政治的な物語なども上演してチェコ人の民族意識を高める役割を果たしました。Mariotati

町ではあふれるばかりのマリオネット人形がお店に並び、あちこちで店主が人形を操っていました。私もどうしても本物を見たくて、国立マリオネット劇場で「ドンジョバンニ」を観ました。
チケットは590KCで夜の8時から始まります。
木製のお人形に洋服を着て、手足を動かす人形劇は、言葉が分からなくても、非常に楽しくて
げらげらとおなかを抱えて笑ってしまうシーンもありました。無表情でありながらもあんなに表現豊かに劇ができるのが不思議でした。ブラックライトを使った幻想的な舞台が工夫されていて、操っている人がうまく隠れてはいるけど、4人の操作とマリオネットの動きが実におもしろかったです。

私も早速手作りしているお店屋さんを探し、動かし方を教えてもらってから、簡単に操れるマリオネットを2つ買ってきました。Koubou

Oneesan Mariotati2

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「障害児・者の心理 その2」(2/4) (kaz)

2009・1・15

P1010225

写真  1月1日午前 (雪に小動物の足跡が・・・きっと兎か狸)

ここ数年、時代の流れと共に障害者観が変化してきているようです。世界共
通認識の基盤となるWHO(世界保健機構)の定義では、1980年の国際障害分
類(ICIDH)と2001年の国際生活機能分類(ICF)では、次のように「障害」の
捉え方が変わってきています。

1980年の国際障害分類(ICIDH)では、どちらかというと障害を否定的に捉
えていました。「障害は個人の特質であり、三層の構造において分析的に
把握される。まず、ある個人において、(1)生物学的レベルの機能障害があ
る。それによって(2)個人的レベルの能力障害を生じ、ある活動を正常な方
法・範囲で行うことの能力の制限や欠如により、機能障害や能力障害が生
まれる。しかるに(3)社会的レベルとしての社会的不利がある。」

しかし、ICIDHを修正し、障害を生活的基準に基づく定義に見方を変えてい
る2001年 WHO国際生活機能分類(ICF)では、障害を中立的・肯定的な表現
に移行させています。「機能障害が障害となるかならないかは第三者がその
状況を見て客観的に決めるのではなく、本人の受け止め方と環境の二者から
相対的に決められる性質のものである。」

ICFの概念は個人としての人間を分類単位としておらず、障害や疾病の状態
についての共通理解をもつことができるよう、障害者に関する様々な調査や
統計について比較検討する標準的な枠組みを提供しています。

ICFの標準的な枠組みとは、まず情報を2つの部門に整理しています。第1
部は「生活機能と障害」、第2部は「背景因子」です。また、「背景因子」
を「環境因子」と「個人因子」に分けて各因子間の相互の関連性を重視して
います。これは、生活の中で人間が機能を果たす際に問題となる可能性があ
る障害について個人の因子に帰するだけではなく、社会的環境との関連性に
まで広げて考えようとするものです

ICFがうたっている基本概念は「機能障害があっても、環境因子と個人因子
を改善することにより、活動と参加の質を高めることができる」という、当
事者の活動と参加を重視したものなのです。

私はICIDH からICFの定義の変化を次ぎのように捉えました。「見えないこ
とは不幸じゃない」のご一家の例のように、「視覚障害があるということは
こういう制限があり、このように社会的に不利です」と一律的にいう定義か
ら、「個人の捉え方と、環境の関連で生活上このような可能性が生まれま
す」と。

従来、「障害」および「心身障害児・者」はいろいろな観点から定義されて
いたようです。代表的な観点には統計的基準(統計学が定義のよりどころ)
と生活的基準(発達や生活上の支障の有無が定義のよりどころ)がありま
す。

 統計的基準による定義
「(心身障害児とは)知的・身体的・社会的面で平均値にある普通児・者か
らはずれていて、その能力を最大限に発達させるためには、学校での教育を
いろいろ変えたり、あるいは特別の教育を必要とするような範囲にある人た
ち。」 カーク(Kirk,S.)
 生活的基準による定義
「(障害とは)疾患によっておこった生活上の困難、不自由、不利益」(上
田敏)
「『障害者』とは、身体障害、知的障害又は精神障害があるため長期にわた
り日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者をいう。」(障害者基本法)

「障害」についていろいろなことを知り、私の障害観は次のようなものに
なりました。

「統計的基準のもととなる正規分布は自然の法則とも言える人知を超えた人
類の宿命として受け止めざるを得ない神秘的な現実である。人間は身体的に
も、小中大とあり、たとえ同じ親から生まれた兄弟姉妹にもそれぞれ個性が
ある。

正規分布は命のあるものに、神様が課している自然の法則のようなもので、
人間も自然の一部であることを考えれば、正規分布の真ん中にいる人は両側
に位置する人たちとは一つのつながりである。

障害を持って生まれるかどうかは偶然の所産という性格のものであることか
らも、その生活上の困難、不自由、不利益を個人のみに帰することは大変理
不尽なことであり、社会全体で支えなければいけない。」

障害者は社会全体で支えるべき存在であるという認識を持つ人が多くなれ
ば、障害者を受け入れる環境因子に変化が生じ、結果として障害者の意識や
行動も環境との相互作用により変化していくのではないでしょうか。

最近は、「障害」の「害」は望ましくないとされ「障がい」という表記にし
ている文章を良くみかけるようになりました。これも、障害観の変化の一つ
の現われなのかも知れませんね。

P1010150

写真  2008年10月12日午前 (同じ場所で撮影) 

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冬の旅 プラハ (2) (Kamichan)

2009・1・13

Stendo_2 

まずは、一日目。何といってもプラハ城をゆっくり一日かけて歩くこと。
それが目的でした。
長いだらだら坂を上がり、一番裏の門から入ってしまいました。だから人が少なかったのだと、後でわかりました。「朝一番だからかな?」
なんて思いながら城壁に沿って中へ入っていくとハンサムな番兵がクリスマスツリーの
そばに立っていました。にこりともせず、「写真撮っていいですか?」と聞いても
何も答えてくれない。寒いのに御苦労さま。

Mamoru 

9世紀半ばより城の建築が始まり、14世紀のカルレ4世の時にほぼ完成されたといいます。
広大な敷地には旧王宮・教会・修道院・聖ヴィート大聖堂・火薬塔・建物の一部を利用した博物館や美術館もありました。
またそれだけでなく、城に仕えていた人たちが住んでいたといわれる黄金小路・現在の大統領府などもあるのですから、くまなく見学しているとまる一日はたっぷりかかります。
私はゆっくりとすべてが見られる共通入場券350KC(コルナ)を買いました。
チェコの通貨はユーローではなく、コルナと言います。(1KC=約6.12円)
比較的物価は安く、旅行していてもそれほどお金はかかりません。
Ougon_2
足がくたくたになるまで歩きました。
ヴィート大聖堂のステンドグラスは素晴らしく、後で行くミューシャの作ったものが光り輝いていました。地下にはカレル4世をはじめ、ヴァーツラフ4世・ルドルフ2世など代々の王の墓が納められています。

坂を下るように行った裏門の近くには、色とりどりの間口の狭い、背丈の低い小さな家々が並んだ黄金小路があります。ここはおとぎの国に入ったような気持ちになりますが、この一角には錬金術師たちが住んでいたので、この名前がついたそうです。
中でもブルーに塗られた壁のNo.22と書かれた家は作家のフランツ・カフカの仕事場だったそうで、皆カメラをかまえ、混雑してました。今は、中はかわいいお店屋さんが入ってます。

「2時よりミニコンサートあり」の看板を見つけ、さっそく390KC払って入りました。
ピアノとフルート、バイオリンの3人のミニコンサートでしたが、モーツァルトやバッハの知っている曲ばかりで、とても雰囲気の良い落ち着いたコンサートでした。
「昼間からこれはいいぞ。」と、大変リッチな気持ちになりました。

その後まだ入ってなかった王宮美術館や国立美術館に入り、衛兵交代も見て夕方になってしまいました。Eiheikoutai_2
Eihei_4   

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冬の旅 プラハ (1) (Kamichan)

2009・1・12

Prahanomati

スメタナの「モルダウ」の流れは、中学生の頃初めて聴いて好きになった交響詩です。
音楽の時間に先生が聴かせてくれたものでした。「なんてきれいな曲!」
そしてプラハの街の木々の紅葉の写真を見たときから、行きたくてたまらなくなりました。
「なんてきれいな街!」モルダウ川にかかる「カレル橋」も魅力でした。

Kareruhasi

歴史的には、ヨーロッパでは周りにドイツやポーランド、ロシアなど大きな国に囲まれながらも、他国へは戦争を仕掛けないで、自国の確立を守り抜き、共産党主導政権ができた世界唯一の国として何となく興味を持っていました。
そして「プラハの春」を読み共産主義が崩れ、民主化を要求した学生や反対派の活動したバーツラフ広場などもぜひ見てみたくなりました。
また1993年には、チェコとスロバキアに分断され、両方に共和国ができたのはなぜだろう。なども調べてみたくなりました。Prahajyouwonozomu

建築の町プラハにはロマネスク・ゴシック・ルネッサンス・バロック・アールヌーヴォー・キュビスム・モダン様式などの建物が隣り合い、独特な景観を紡ぎ出していました。
地下鉄は赤・緑・黄色のABC線が町を縦横して走っているだけで、路面電車もありますが町はそんなに大きくありません。何といっても、歩いてあちこち回れるというのが便利です。
1週間では足りないと思いますが、冬の景色が好きな私は自由気ままに回れる旅を選んで行ってきました。Praha_siro
Tenmondokei

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「障害児(者)の心理 その1」(1/4) (kaz)

P1010271
 2009・1・9

(1月7日 七草粥)

昨年12月30日の夕方、NHKで再放送された「見えないことは不幸じゃな
い」という番組を見て、いわゆる「障害をもっている人」がいわゆる「普
通の健常者」以上のことをされていることに大変感動しました。

この番組は、全盲の夫婦と幼い娘さん2人の家族の日常を記録したものでし
た。夫は鍼灸師の仕事をしながら、趣味のランニングではボランティアの
力を借りながら100キロマラソンで高記録を出している。妻は、年に50回の
コンサートを開くオペラ歌手であり、主婦業も子育てもこなしている。

さて、人間は誰でも基本的要求をもっています。基本的要求には、大きく
分けて生理的要求と人格的要求があります。

人格的要求には、大きく分けると次の5つのものがあります。
(1)社会的承認を求める要求(人々に受け入れられたい、仲間として認めら
れたい)(2)支配と優越を求める要求(人々を支配したい、人々よりすぐ
れたい (3)新しい経験を求める要求(何か新しいことをやりたい、旅行
をしたい、本を読みたい)(4)安定感を求める要求(人々に愛されたい)
(5)独立への要求(他人に頼らずひとりでものごとをやりたい)

これらの要求は、心身の発達をうながし、いろいろな学習をもたらす大切
な原動力になります。しかし、これらの要求は障害者であろうが、健常者
があろうが、必ずしもすべてが直ちに満たされるわけではありません。
「障壁」という妨害要因が生じてうまくいかないことが多いのです。

障壁には、(1)環境的障壁(・物理的制限 物/時間/場所がない・社会的
制限 慣習/他人/法律など)(2)主体的障壁(個人の側にある妨害要因
 ・知的制限 ・態度 理想/偏見/好み ・身体的制限 ・経済的制限
 等)があげられます。

「障害」がある場合には、その「障害」がさらに第3の障壁(3)機能障害
として加わり基本的要求の実現を一層困難にさせるのです。かつ、それは
克服するのが容易でないのです。

要求の充足が阻止されると、心の中でいらいらした不愉快な状態がおこり
ます。要求が満たされない状況がつづくと、不安定な心理状態になり、こ
れをフラストレーション、または欲求不満といいます。

フラストレーションの事態を解決して、要求を満たすために行われる心理
的なメカニズムは適応機制と呼ばれます。これは主に、無意識的な心の働き
になります。

適応機制にもとづいて行われた行動の結果、個人の要求の達成が本質的な
意味でうまくいっている場合を「適応している」といいます。逆に、要求
が達成されなかったり、環境に悪影響をあたえるような形で要求を実現さ
せる行動をとる場合を「適応していない」または「不適応である」といい
ます。

このような「適応している」「適応していない」行動は、本来の行動の代
わりとなる行動という意味で「代償行動」と言われます。代償行動には(1)
適切な方法(衝撃を除去するような努力をしたり、別の適切な手段や目標
を探す)(2)部分的な効果しか得られない方法(i代償 ii合理化 iii逃
避)(3)全然効果のない方法(i悩み ii否定的態度 iii対抗的行動 iv癇
癪)(4)害になる方法(i恐怖症 ii強迫観念や強迫行為 iii苦悩 iv抑圧
 v幻想)の4つがあります。

さて、先ほどのご夫妻は、まさしく(1)「適切な方法」を最高の形でとら
れたのだと思います。視覚障害という第3の障壁に立ち向かい、健常者に
も成し得ないような積極的で意欲的な性格行動が発達した結果なのだと思
います。

また、ご夫妻を育てられたお母様達も番組に登場されていましたが、お
二人とも「眼が見えないからといって甘やかさなかった。何でもさせるよ
うにした。」とおっしゃっていました。このような育て方は、子どもの経
験を豊富にさせ、興味や関心が豊かになる土台を作るのことにとても大切
なのです。

障害児・者の心理的問題の形成は、自身がそれをどう受け入れるのかとい
う要因と、障害児の場合は親や学校を中心とする環境的要因、受け入れる
基盤としての社会的要因等が相互に影響し合います。このご家族の場合は
「見えないことを不幸にしない」というご夫妻の意志が様々な障壁を乗り
越える原動力になったのだと思います。また、その熱意が回りの人達を変
える等環境をも変える力になったのではないでしょうか?

この番組の終わりに、妻は自分達家族のことを「奇跡のようなもの」と
言っていました。でも、私は「奇跡は待っていてやってくるものでは無
い。」ということだとつくづく思わされました。P1010224

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福祉心理学科を修了して (kaz)

Mokuren

2009・1・6

青空に白木蓮のツボミ(1月1日午前)

私は、10年前より家族の者同士あるいは他人同士の「もめごと」に介入す
る非常勤の仕事をしています。「いろいろな人たちにお会いし、お話を聞
き、一緒に解決策を探っていく」つまり「当事者の個性を理解し、今の心
情に思いを寄せ、そして当事者自らその解決方法を見出す時に援助する」

という流れになります。私はもともと「人の思い」にあまり関心のないタ
イプです(でした)。自分ではそうは思っていなかったのですが、回りの
人たちの意見を総合するとそうなるようです。人って案外自分のことをわ
かっていないのですよね。

「仕事の内容を深めるためには心理学を勉強しないと」という思いが強く
なっていたころ、ちょうど地元の東北福祉大学福祉心理学科が通信教育課
程で3年生からの編入コースを始めたのです。グットタイミングとばかりに
早速手続きをとり、勉強を始めたのが2004年4月。

必死で勉強すれば2年で卒業できるところを、私は日常の仕事と両立させる
ため5年かけ、ようやく今年の3月卒業の目途がたちました。必須単位は64
単位なのですが、欲張って80単位分を修得。余計にとった科目は、一般教
養の法律系・医学系の科目です。これがまた、とても面白かった。

「心理学」にはたくさんの分野があります。64単位は、それぞれの分野を
さっと眺めた程度の勉強だったと思います。そして、先生には「心理学を
勉強すると、きめつけることができなくなります。逆に『?』が増える。
『?』が増えるのは勉強した証拠。」と言われています。

これからテキスト等の整理にとりかかりますが、このまま仕舞い込んゃっ
たら、すっかり忘れそう。仕舞いながら、「こんなことをレポートに書い
たんだ。」ともう一度思い出してみることにします。最後に取り組んだ科
目「障害児の心理」から、次回のブログで書きますね。

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「2009年さん はじめまして!!」(kaz)

2009・1・3Kaz1

 

 元旦の朝(7時10分)、家の前から見た新年の風景です。雲の向こうには
素晴らしい初日が昇ってきていることを十分に感じさせてくれます。

「とうとう、今年は卒業。」80本目のレポートをあと少しだけ残して迎え
た新年はいつになく清々しい気持ちで迎えることができました。

 新年はまず、家の氏神様と近くの神社にお参りをし、神棚へお膳をお供え
してから、家族でお節料理をいただきました。5つのお重のうち、2つは
私が作ったもので、3つは割烹からのお取り寄せ。

「今年は、何をしようかな。やっぱり、カナヅチからの脱出とオンチの克
服かな~。」と思いながらお節をいただきました。

 そうそう、通信教育で学んだことをこちらのブログから発信することも、
私の今年の大きな目標の一つです。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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あけまして おめでとうございます!

2009・1・2Hanamizuki_101

ご訪問、ありがとうございます。今年もよろしくお願い致します。

 今年のお正月は、空がすっきり晴れ渡り、気持ちのいい天候です。この一年がこんな穏やかな日々であることを願い、初詣に出かけました。

 初詣といえば、子どもたちが小さい頃は除夜の鐘が聞こえてくると支度をして1時間半ほどかかる明治神宮に出発、夜明け前にお参りを済ませ、日の出頃に帰宅・・・というパターンがずっと続いていました。

 息子たちが高校生くらいになると、親もちょっと勢いがなくなって、それでも車で40分ほどかかる狭山不動尊にお参りし、寒い中をお堂にすわって護摩を焚く様子を眺めていたものです。お参りを済ませていただく甘酒はとてもおいしく、息子たちが大学を卒業する頃までこのパターン。

 その後は地元の東伏見神社に出かけるようになり、今はやはり地元の八幡神社、歩いて20分ほどの距離です。でも今年は夫が腰痛の手術をして間もないので、息子に車で連れてもらいました。

「いつまで、初詣に出かけられるかなあ・・・。」ちょっと心細い思いがよぎりますが、普段から神仏を大切に暮らしている夫なので、ま、大丈夫でしょう。

 お参りをすませたあと、神棚に供えるお札をいただき、おみくじをひくのが例年の習慣です。運勢は「大吉」であったり「小吉」「末吉」「吉」だったりいろいろな年がありますが、振り返ってみるとそんなに大差のない日々だったように思われます。(笑)おみくじに書かれている言葉は、いつ、誰が読んでも、何か心に思い当たることが書かれており、また心がけ次第で運勢が好転するという希望が持てるよう実にたくみに表現されています。いつも「なかなかの名文だ・・・」と感心してしまいます。

 私のは「小吉」で日常生活には、なかなかの苦労があるようなことがいろいろ書かれていました。裏面の「神の教え」の言葉は・・・

「ご飯食べたり、着物を着たり、勝っていうのが能じゃない。お互いはご飯を食べるために生まれてきたのでも、着物を着るために生きているのでもない。神様から世界作り固めのお役目を受けて、この地上に高天原の、住みよい、明るい、平和な世界を作り上げるために生まれてきたのである。この信仰をもって一生を働き続けましょう。」

 う・・・ん。そういえば「最近高価な服やアクセサリーも買ってないし、すごーくおいしいものも食べに行ってないし・・・」と不満を持っていた自分をみられたような気分になってしまいました。不満を抱かず、毎日、自分のできることをしっかりやる、自分が人の役に立つことができるというのは、とても幸せなことなのだ・・・。なかなか今の自分の心境にTimelyでいいおみくじの言葉でした。

 次男一家がやってきて、

「おかあさん、おみくじひいたのですが、へんなのがでたのですよ!もう!」

「え?なにが出たの?悪かったの?」

「本人に訊いて下さい!」

 孫が走ってきて、「パパのおみくじ、へんなのだったんだよね。女がどうの・・・とか。」

 あははは・・・次男が曳いたおみくじに、女性が言い寄ってきてもめごとになる・・・というようなことが書いてあったらしいのです。

Yちゃん、パパ、見張っててね。」「うん、わかったあ」

それでも嫁は「おみくじなんか曳かなきゃよかったんだわ。」

 おみくじは、年齢層にも応じた表現になっているのだとあらためて感心しました。(笑)

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