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2009年2月

東西狂言の会 (Non)

2009・2・27

Fukuju017a

 今年も楽しみにしていた東西狂言の会に行くことができた。

 東京の和泉流、京都の大蔵流と狂言界を代表する二つの流派を同時に鑑賞できる贅沢な企画だ。大蔵流の茂山千作さんは90歳で人間国宝、和泉流の野村万作さんも同じく人間国宝、そして現在、多方面で活躍中、その端麗な容姿で人気のある野村萬斎さんも重要無形文化財総合指定者というすごい顔ぶれだ。

 今回の演目は、「鬼瓦」「隠狸」そして「仁王」

「鬼瓦」長く在京していた大名が帰国することになり、感謝の意を込め、因幡薬師に参詣に出向く。お堂の様子を見て回りながらふと目にとまった鬼瓦を見て、大名はそれが誰かに似ている・・・と泣き出す。そう、国元に残してきた女房に生き写し。最後は「よしないことに落涙したわ」ともうすぐ会える幸せを思い国元に急ぐ。

 90歳の千作さんが登場されたときは、足元、大丈夫かな・・・と心配したが、台詞を一言聞くと、圧倒されるような迫力で、この大名のユーモアのあるほのぼのとしたキャラクターが全身に溢れ出ていて狂言の世界に引き込まれてしまった。さすが・・・。

 「隠狸」は和泉流独自の出し物だそうだ。太郎冠者に野村万作さん、主人は萬斎さん。主人に内緒で狸を捕まえて売っている太郎冠者がそっと様子を見に来た主人に酒を勧められ、最後に隠していた狸が見つかってしまうという話だが、なぞかけの舞「兎」など笑いを誘う絶妙な駆け引きがおもしろい狂言だ。前にせっかく萬斎さんを見に来たのにずっと面を被ったままという舞台があったが、今日は3チャンネルでお馴染みの表情豊かな彼の姿が見られ、大満足。万作さんは私が20代の頃、講演会でお目にかかったことがあったが、以後もずっと狂言の普及に努められ、今では海外にも進出、そのまじめな芸風が伝わってくる。

 最後の「仁王」は負けつづけの博奕打が財産も尽き、知人の提案で仁王になりすまし、供え物を騙し取ろうとする話。大勢の参詣人が次々とやってきて願い事をするが・・・。

 萬斎さんの解説にもあったが、どんな困難がやってきても、たくましくへこたれず生きていこうとする人々の姿が伝わってくるおもしろい狂言だ。大蔵流の台本では、アドリブが多く、参詣人の願い事は時世を現した様々な台詞が飛び出すのだとか。

 どれも楽しい演目で、言葉もわかりやすく、もっと日常的に親しまれてもいい芸能なのでは・・・という気がする。不景気や暗いニュースが多い今こそ、もっと狂言の笑いで元気をもらってもいいのではないだろうか。

<にわか勉強>

◎狂言の語源は「偽り飾った言葉」という意味の「狂言綺語」から来ているらしい。14世紀ごろ現われた日本初の喜劇!猿楽から発生したが、歌舞の要素を取り入れたものが「能」になり、言葉遊びや語りを重視したのが「狂言」。

     秀吉以来、武士の庇護のもとにあった猿楽(能・狂言)は江戸幕府が倒れるとともに庇護者を失い、役者は失業。明治政府は外国の要人に披露するため、サルは下品なので「能楽」と名前を改めたが、笑いは下品なので狂言は冷遇された。日の目を見たのは戦後。

     「能」の主人公はほとんどが幽霊、能はすでに過ぎ去った人生を物語る。人間の本質や情念を描こうとするのに対し、狂言は「このあたりにすまいするものでござる」に象徴されるように、現実の世界のどこにでもありそうな事柄を題材とする。また、「能」はほぼ脚本どおりに演じられるのに対し、狂言はアドリブの要素が大。

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チェコのおみやげ その2 (Kamichan)

2009・2・25

1_2 

子どもたちがお気に入りにおもちゃです。デモンストレーションで並んでくれました。
右から、パタパタと端を持つと、一枚一枚がひっくり返り、下へ送られていきます。
真ん中、柄を持って、木のお皿をくるくると回すと、ニワトリさんが首を提げて餌をついばみます。
一番左は、モグラの「クルテル」が付いていて、下をつかんだり離したりすると、クルテルが体操選手のように動きます。(日本にもありますね。)2_2

次はクリスマスツリーの「マトリョーシカ」です。
「マトリョーシカ」というのは本来ロシアのお土産だと思っていましたが、チェコにもたくさんありました。胴体の部分が割れ、中からひと回り小さいお人形が出てきて、それが何回か繰り返されるあれです。ウィキペディアで調べたら、「1900年のパリ万国博覧会で銅メダルをとったのを機会に、ロシア各地で広がり、政治家の顔や、有名人などがデザインされたものまで作られるようになりました。また、ウクライナでも生産され、日本ではだるまの入れ子人形がある」そうです。
チェコのこれは、クリスマスツリーかと思いきや、中にはサンタクロース、ペンギンなどが出てきて珍しいです。3

 これは友達に借りた本です。
チェコは絵本大国で「もぐらのクルテル」や、昔から日本でも翻訳されているカレル・チャペックの「ダーシェンカ」や「長い長いお医者さんの話」などはチェコの作品です。プラハを歩いているとたくさんの古本屋が見られました。素敵な絵本を出版しているチェコに絵本を探しに来る人は少なくないそうです。チェコ語は全く分かりませんが、絵だけ見ていても楽しいものばかりです。中にはどこかで見たことのある主人公たちがたくさんありました。

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[モノトーンの世界」 (kaz)

2009・2・23Itimaime_2

2月21日、朝起きたらモノトーンの世界になっていました。

1枚目
山への上り口。白一色で、まるでバージンロードが敷かれているよう。

2枚目
初めの一歩を、さぁどうぞ。

3枚目
可愛いツララ。お日様がでるまでの命。

4枚目
古い木の洞(ウロ)。小さな動物が顔を出しそう・・・。

5枚目
小枝は白いレース模様になって。

6枚目
咲き始めたスノードロップも雪の下・・・。

Nimaime Sannmaime Yonnmaime_2

Gomai_3 Rokumai

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アコママさんの雛 (Non)

2009・2・20

Obina Mebina2_2

「さいたまの自然フォトコンテスト」で特選に入ったアコママさんを囲んで祝杯をあげようと例の仲間が集まった。どこかの料亭にでも集まればよいのに、彼女のうちにおしかけた。それには、ちょっとしたわけがあったのだ。

私たちが東京に出てきて、お互いそんなことも知らず夢中で子育てや仕事に熱中していた時代のことだ。アコママさんは、お嬢さんのために木目込みの雛人形を作り始めたのだが、4人のお子さんを育てていた最中とて、完成を見ず、そのまま押入れに眠っていたらしい。昨年、その雛を取り出し、「この雛が完成したら、雛祭りをしようね。」という話になっていた。皆はそのことを半分忘れていたのだけれど、アコママさんはこつこつと木目込みを完成させていたのだ。木目込みが完成したのを知ったお嬢さんは、桃の花を持ってきてくれたのだとか・・・。

雛はぼんぼりの明かりに照らされて穏やかな笑みを浮かべていた。ほっぺがふっくらとしていて色白、「あなたに似ているね・・・」と思わずみんなが口をそろえて言った。

雛に見守られて、アコママさん思い出の食器や酒器でごちそうをいただきながら、楽しい語らいの時間が過ぎていく。家族に言えないこともここでは遠慮なく話せる。誰かが悩み事を出すと、皆が本音で自分の考えを出し、またそれに反論もでるけれど、仲裁の意見も出て、最後は総合して自分の中で判断する。そんな感じだ。

今日は雛もその仲間、やっと出られた晴れの舞台で、優しい眼差しを投げかけながら、私たちの話を聴いている。ああ、とてもすてきな雛祭りだ。

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知覚する  (kaz)

2009・2・18

Tubomi

心理学概論その3

人が知覚するということは、外部からの刺激を受動的にそのまま感受して
いるのではなく、人が情報を「能動的につかみとっている」のであり、そ
こにはかなり心の働きが関与しているようです。

前出の課題図書「『私』とは何か」(浜田寿美男著)には次のようなことが
書いてあります。「人間の知覚現象はつねに、意識がテーマとして向かう
図と、その背景となる地に分節する。これは視覚経験に限ったことではな
い。」このように、私達が知覚する時、意識的にあるいは無意識のうちに
自分の心が何らかの方向づけを行い、自分の必要なもの、興味のあるもの
を取り出しているのです。

また、人は知覚する時、部分を関連付けて全体として捉えたり、不必要な
ものを束ねたり省略するという心の働きをしています。今までの経験に基
づく観念知識の働きが加わることから、見ている対象の性質や関係が客観
的性質や関係と食い違う錯覚現象を日常的に起こしながら暮らしているよ
うです。

錯覚現象といえば、代表的なものに「錯視」があげられます。錯視は、大
脳の神経生理学的な構造から解明するにはまだ至っていませんが、視覚や
聴覚で知覚される外界の情報は大脳の中に人間が作り上げた抽象的な情報
であるということが理解されています。(ここでは幾何学的な錯視を除きま
す)

さらに人がものを見る時の心の働きをもう少し詳しく調べてみますと、次
の3つの性質のうちどれかが、あるいは複合して錯視を生じさせる要因と
なっています。

第1性質:「見る」ことは「意味づける(考える)」ことである。
例:テーブルの上にある楕円の物体をフットボールと見るよりも皿と意味
づけて見るのは、人間は見たものを経験的枠組みの中で認知的に消化しよ
うとする心の働きがあるからである。

第2性質:「見る」ことは「世界をシンプルな原理で積極的に構成する」
ことである。
例:丸い皿を角度を変えてみると楕円になるが、それでも丸い皿であると
認識する。これは、観察者の視点の変化のため見かけ上変わって見えるに
過ぎないという経験からくるのである。P1010403

第3性質:「見る」ことは「補い・予測すること」である。
例:テーブルは普通4つの脚をもっている。しかし、見る人の視点によっ
て脚の一部分が隠れて見えないこともある。「テーブルは4つの脚でささ
えられ、その上に物を置くためにある」という解釈によって見えない情報
を補い、予測している。

こんなふうに、人は周りにあるものを、意味づけながら、見えないもので
もあるものと推測し、心の中でひとつのまとまった世界を作り上げている
のです。もし、私達に錯覚現象が生じないとすれば、景色に立体感や奥行
きを感じることがなくなり、視界に入るものが景色としてまとまらなく
なったり、環境を雑多なものとしてしか認識できなかったり、とても疲れ
ることになるのではないかと想像することができます。

私達は目に見えるもの、耳に聞こえるものをすべてキャッチしているわけ
ではないのですね。「心」が外部の情況と自分の関係を調整をしてくれて
いるおかげで、あまり混乱せずに暮らすことが出来ているようです。すべ
ての知覚は錯覚に基づいていると言っていいのかも知れません。

また、「人はものの全体像を心の中で完成させようとしている」という具
体的な例に、1コマ1コマの連続が動画として見えることや、ネオンサイ
ンが1つ1つの電球の点滅にもかかわらず動いて見えことが挙げられま
す。これは、物理的には動いていないのに、知覚的には動いているように
見える現象で「仮現運動」と呼ばれています。「仮現運動」は「人は刺激
の1つ1つを物理的にとらえているのではなく1つの全体的な構造として
とらえようとする」という「ゲシュタルト心理学」の根拠になっていま
す。

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チェコのおみやげ (Kamichan)

2009・2・15

Mario2

チェコは森林が多いせいか、白木でできたおもちゃが安く売ってます。
「日本で買うならきっと高いだろうな。」と思われるものも、ほとんど1000円以内で買えました。
このマリオネットも、大きいほうは4000~5000円程度、小さいものは1500円くらいでした。
子どもたちはさっそくお話を作って遊んでいます。
また、このお土産を見て、自分でもどうしても作りたいと考え、
クマと女の子を作りました。Mario_2

おもちゃはまた次回写真を送ります。
延々と続く雪原を、列車の中から描いた絵とチェスキークルムロフのホテルの窓から見た市民公園の絵を送ります。寒くて、外では絵が描けず、これしか描いてきませんでした。
Yukigesiki Kurumu

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心理学概論 その2  (kaz)

P1010305

 

2009・2・11

きょうは竹林浴で気分転換

- ことばと心 ―

この科目の2つ目のレポートのテーマは「ことばと心について人間と動物
を比較して考える」というものでした。以下は、私が書いたレポートの要
旨です。

人間はことばを用いることができるために、動物と違いより高次な心の働
きをもち、内的世界をもつ。感情、意志、思考、想像など、心の働きに
とって最も重要なものはことばである。

人間はことばの獲得によって、心の働きがより複雑化、高度化されてき
た。その蓄積により文明、文化、産業、学問、芸術、道徳、宗教、政治な
どが発達してきた。ことばを使うことにより人間は、イメージの広がりを
もつことができ、1つの宗教を多くの人達が信じることもできるようにも
なった。

しかし、生活や心を豊かにする良いものもことばの産物だが、悩みもこと
ばの産物といえる。ことばが生み出す想像力は、目の前に存在しないこと
をも心の中に取り込むことができる。それは、事実に合わない信念をいだ
いたり、ありもしないことを事実と思い込んだりしてしまうことにもな
る。

ことばと人間のかかわり合いを、浜田寿美男著「私とは何か」(講談社、
1999年)(この科目の指定参考図書)では次にように分析している。「人間も
生まれたときは『白紙の状態』であるが、すでに長くことばの世界に生き
ている前の世代から、次の世代のこどもたちに向けて、たがいの共同の生
活を通して敷き写しが行われて、ことばを獲得していく。そして、他者と
絡み合いながら『私』を形成していく。そして、私的世界は自我二重性と
いう内なる他者をもつ内的回路をもつようになる。」

そして、著者はことばをもつということは人の心の内部にどのような作用
をすることになるのかを次のように述べている。「内的回路がふくらみ、
これが独自の展開をみせていくなかで、そこにはやがて他者にことばで伝
えようにももはや伝えられない世界(意思以前)が潜み、他者には伝えた
くない世界(秘密)が広がり、さらには偽ってでもあえて違ったかたちで
伝えようとする世界(うそ)が生み出されてくる。(一部略)人と人とを
通じあわせるはずのことばが、やがて人と人を隔ててしまう世界を生み出
す。」

このように、人はことばによって共感することもできれば、逆にそれぞれ
が独自のことばの世界を持つことにより理解できない存在になり、孤独感
や悩みを抱えることにもなる。

人と動物を区別するのはことばをもつかもたないかである。人が動物以上
のことをしたり動物以下のことをしたりするのもことばをもつ所以である
と言える。人は神に近い崇高な行為をすることもあるが戦争もする。そう
させるのが人の「心」であり、そこには心の形成にとって切っても切れな
いがことばが介在している。

レポートの要旨は以上のようなものでした。最後は「ややこしやー」とい
う感じになってきました(笑)「心がことばを生み出す」こともあれば
「ことばが心をつくる」こともあるでしょう。気分が滅入った時には、前
向きなことばや明るいことばで自分を励ますことは良いことだと思いま
す。「言霊」ということばもありますものね。
Aoki_2

竹林の中にはアオキも多く自生しています

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砂時計の謎

2009・2・8Sunadokei6

昨年12月中旬からこのBlogがおかしくなった。最初に開いたとき、すぐ固まってしまいスクロールもクリックもできなくなってしまったのだ。大きな砂時計が出て、1分以上停滞したまま。やがて砂時計が消えて動くようになると、一度画面が消えて真っ白になり、

それからゆっくり再び画面が登場する。その後は普通に見られる。

 「どうしてこんなふうになったのかなあ・・・」最初に考えたのは、借りてきた写真になんかウィールスがついていたのかな?ということで、おかしくなった前日にUPした「篤姫」の写真と記事を削除した。

しばらくするとkazさんからこちらもBlogが急に重くなったという情報が入った。訊いて見るとわたしと同じ症状だった。またBlog以外のサイトではこの不具合は起きなかったので、次に考えたことは、「ココログ」への問い合わせだった。症状を説明したメールを送ると、すぐ返事が届いた。しかし答えは「こちらで、貴殿のBlogを拝見しましたが、そのような不具合はなく、正常に見られます。」という返事だった。そしてお宅のPCの不具合だと思うので、調べてほしいという旨が丁寧に書かれていた。

息子のPC,大阪の友人、埼玉の友人に問い合わせたが、いずれも正常に見られるという答えが返ってきた。やっぱり自分のPCが悪いのかなあ・・・と思いながらそれでも真っ白になるときに出るURL res://WINDOWS\SYSTEMS32\shdoclcl dnserror.htmというのをたよりに調べてみると私と似た症状で困っている人が大勢いた。回答に書かれたとおり、プラウザの初期化もやってみた。またお気に入りやゴミ箱も整理した。でも依然同じ状況だ。

そのうちKamichanPCでもその症状が起きていることがわかった。私のPCが原因で、人のPCにも悪影響を与えているのかも・・・と思い、一度このBlogをやめてしまおうかとも考えるようになった。

息子がメモリーが小さいのかも・・・と言ったので、調べてみると、やはり小さかった。そのせいなのかなあと増やしてもらうように頼んだ。KazさんからもKamichanからもメモリーを増設するという連絡があった。メモリーのせいじゃなかったらどうしよう・・・。

その日、京都の友人が「不要な一時ファイルの削除」「HDDの断片化を修正」ほか、全く意味のわからない私に丁寧な図説入りで教えてくれ、やってみてごらん・・と言われ、早速実行した。その夜、Kazさんから「まだメモリーを変えていないのに、砂時計が消えました!」と連絡があり、私のPCも次の日砂時計が消えて以前のように見られるようになった。ああ、1ヶ月半ぶり!

PCの具合が悪いとストレスがたまり、なんとなくPCから遠ざかってしまう毎日だったけれど、またすっきりと見られるようになって、ほっとした。PCの知識もないまま、なんとなくやっているHPやBlogなので、ひとたび不具合な状況が発生すると、その解決方法がわからない。このたびは、いろんな方に助けてもらって解決できたからよかったけれど・・・。でもいまだに真の原因は不明だ。

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アコママさんの入選写真が公開!!

2009・2・7

昨年12月の記事に書きましたが、アコママさんが「さいたまの自然」フォトコンテスト

で特選に入選! そのHPが公表されたので、紹介させていただきます。

入選写真はさすがいい写真がいっぱい、是非ごらんください。

http://ajaps-saitama.web.infoseek.co.jp/saitama_shizen23/index.html

Nonの感想メール

アコママさん、おめでとうございます!
前にあの写真を見せていただいとき、どき!としましたが、やはり感動が走った写真だったのですね。
HPの写真、見せていただきましたが、やはり素人では撮れない
長年の修練のたまもの・・・という写真ばかりですね。
これからも、体を大切にいい撮影ができるように、がんばってくださいね。
県立美術館で本物をみるのが楽しみです。

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心理学概論 その1 (kaz)

2009・2・5

P1010344 

P1010079_2

写真 今年の冬は雪が少ないです。きょうは、1月なのにまるで春のような
温かい日 (1月29日 午後) 。

上の2枚目の写真は1枚目とほぼ同じ場所の5月の風景です。

「心理学概論」は、入学してすぐに取り組んだ科目でした。テキストの冒頭
には「現代の心理学とは、心的過程や心的機能を客観的な資料に基づいて可
能なかぎり実証的に科学的方式にのっとりながら解明しようと志している学
問」と書いてありました。この科目はスクーリング必修科目で、「この大学
では私が一番年をとっています。」とおっしゃる70歳前後の教授が淡々とし
た語り口の中にもとてもわかりやすく講義してくださったので心理学に一層
興味が湧きました。5年前の真夏のスクーリング(半日が5日連続)でした
が、毎日講義が終わると大教室から拍手が沸き起こったことを懐かしく思い
出します。そして、心理学の講義に、私はまるで自分の「心の世界が暴かれ
ていく」ような快感を覚えました。

「とても面白かった。」という印象は残っているものの、講義の内容を書い
たノートや提出したレポートを今読み返してみると、もうすっかり記憶に無
いものがほとんど(トホホ・・・。)ランダムにですがノートを読み返しなが
ら気に止まった部分を書き写してみることにします。この科目の目的は、心
理学の基本的なことを広く浅く勉強するものでしたが、この講義を受けた後
はほんの少し心理学的センスが養われたような感じがしました。

1 「心」って?

先生は心を「よりうまく生きるための情報処理の装置」とおっしゃっていま
した。そして臨床の場合、他者の心を知ろうと思ったら、基本的に自分の心
が基盤になっているので、まず「この場合自分だったらどう思うだろう」と
考えてみる訓練が大切とのこと。他者の心も自分の心を通してしか推し量る
ことはできないのですから。

たとえば、子どものケンカ両成敗をする時でも子どもの心の動きを順を追っ
て一緒に考えてみることが大切だそうです。これ一つとってみても、他者の
気持ちを理解しようとすることは結構エネルギーのいることだと思いまし
た。臨床心理士はとてもエネルギーを消耗する仕事だということにもうなづ
けます。

5万年前の洞窟の壁画を見ると、もうすでに今の人間と似たような心の持ち
主になっていることが見て取れるそうです。人間の心って、とても共通した
ものがあるのですね。

2 「三つ子の魂 百まで」?

先生は「人間というのはとても柔軟な生き物である」「三つ子の魂 百まで
というのは真実ではない」という考えの持ち主でした。小学校5~6年まで
の養育状況がかなり悪くてもその後のケアで十分回復可能である。少なくと
も思春期までは自己形成期であると考えてよい。

でも、さすがに40歳位になると、全体としての「その人らしさ(パーソナリ
ティ)」(車でいえば構造)はかなり出来上がり、その後も改修や改装はで
きるけれど構造自体を作り変えることはほぼ無理になる。ただし、死ぬまで
自分というクセのある車の運転技術を向上させることはできる。

3 心理学の分野

心理学は大きく「基礎心理学」と「応用心理学」とに分けられている。基礎
心理学とは、心理学における一般法則を研究するもので実験心理学、比較心
理学、発達心理学、異常心理学などがあり、応用心理学は基礎心理学で得た
法則や知識を実際の現場に役立てる、教育心理学、臨床心理学、産業心理
学、犯罪心理学などがある。

4 心理学の歴史

心理学は、かつて哲学の分野に含まれていました。心に対して科学的にアプ
ローチしようとドイツの生理学者であったヴント(1832~1920)が1879年に初
めて心理学実験室を構えた時を科学的な心理学のスタートと捉えている。そ
れから、まだ130年しか経ってない学問としては歴史の浅い学問。臨床の始
まりとしては、ヒステリー症の研究により抑圧された「無意識」の世界があ
ることを発見し、「意識」の世界との関係を精神分析学の概念として提唱し
たフロイトがあげられる。

教授は、20世紀までの心理学の課題はネガティブな面を普通にしてあげる、
いわゆる治療のためのものでしたが、21世紀の心理学は「より良い人生を送
るために」と変化している、とおっしゃっていました。

4 レポートのテーマ

この科目は4単位でしたので、レポートは4つ書かなければいけませんでし
た。最初のレポートのテーマは「心の世界は、意識される世界のほかに意識
されない世界を含むことを具体的にわかりやすく説明しなさい」でした。

それまで私は自分の「無意識の世界」を「意識」したことはほとんどありま
せんでしたので、このテーマにはとても苦しみました。自分をみつめるとい
うことは結構大変な作業なのです。結局「フロイトとユングの無意識の違い
等」ほとんど調べたことばかりをレポートに書いたら「自分自身の経験にも
とづいた部分がない」と教授にコメントを書かれました。

今思えば、次のようなことを自分の体験を通してまとめればよかったのか
な、と思います。「人間の意識のキャパシティはそれほど大きくないので人
間の心の構造上、余計なものは後ろに隠そうとする。無意識の世界には抑圧
されたもの、封印しているもの、思い出すことが苦しいものがためこまれて
いて、それが実は意識の世界に大きな影響を与えている。自分の行動パター
ンを決めたり、人との付き合い方を決めたりする時、無意識の世界が操作し
ていることが多い。また、無意識の世界にあるトラウマや不快感を意識下に
押し込めていては、それだけでとてもエネルギーを使うし、押し込めている
と予後が悪い。」

そして、より良い人生を送るためには、次のようなことも必要なようです。
「無意識下に押し込めていることは、いわゆる心の底の悩みのようなもの。
それを自分が受容し、話し、放つ、ことにより悩みが離れていく。そうする
ことにより、抑圧するエネルギーを軽減することができる。」

写真 70の手習いで墨絵を始めた実家の母(現在80歳)の作品 

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大荒れのち快晴 (kaz)

2009・2・1

P1010350 

きのう(1月31日)は、天気予報どおり午後から雪がたくさん降る荒れる一
日になりました。でも、今朝は快晴。外に出てみたら太陽が白い雪に反射
して眩しくて眼があけられないほどでした。

白と青のコントラスト、・・・お楽しみください。
P1010356_3 P1010346_3 P1010344_2 P1010341 P1010339_2 00000002 00000001_2  

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