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2009年3月

懐かしいスバル360 (Non)

2009.3.29

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最近、経済的ということもあってか、軽自動車をたくさん見るようになった。軽自動車といえば、父は生涯「スバル360」という小さな自動車を愛し、それ以外の車には乗らなかった。あのフォルクスワーゲンを真似たカブトムシのような独特のスタイルは、様々なドライブの思い出とともに今も記憶に残っている。

 私の青春時代、人々がマイカーを持つことができるようになり、急に車が増えた。我が家でも、父、母、そして弟と私以外はすぐ免許を取りに行き、初代のスバル360がやってきた。色はベージュ。この小さな車で、よくドライブに出かけた。北陸の海、大和路、そして早春の琵琶湖一周。

 「ここが琵琶湖の一番北の端よ!」滋賀で生まれ育った継母はいつでも元気一杯の人だった。キラキラと光る湖面を渡るまだ冷たい風に吹かれて、持ってきたお弁当を食べた。もう40年以上前なのに、まるで昨日のことのようだ。

 長男が3,4歳になって二代目のスバルがやってきた。そしてまた何年かたち、息子たちが小学生になった頃、またスバルだったが、今度は少し型が変化していた。

 こうして息子たちが成人し、私だけが帰郷するようになっても、父はスバル360に私を乗せて、京都と夫の実家(滋賀)を往復してくれた。

 「ああ、免許を取っておけばよかったなあ・・・」年をとってきた父を見て思ったが、もうおそい。自転車でもよそ見をしていて二度もぶつかった私に夫は

おまえが免許をとるとあぶない。」ととらせてくれなかったのだ。自分でも納得したからついに運転免許はなし。

 もうあのカブトムシのスバル360は見なくなったけれど、軽自動車を見るたび、懐かしく父を思い出す。

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苦い思い出の夢 (Non)

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2009・3・26

 もうすぐ同窓会だ。数年前からまた関東組が集まるようになり、今回は今まで来ていない人にも呼びかけ、大勢が集まることになった。

 先日、幹事さんからのメールに「○○さんも出席されます。」とあった。 

わあ・・・○○さんとは、高校卒業以来、一度も会っていない!!懐かしいなあ・・。

 彼女と仲良しだったのは、中学1年のクラスでだった。彼女と私、そしてもう一人Aさんの三人は入学後、すぐ意気投合し、行動をともにするようになった。しかし、その頃の私たちは・・・自分たちが一番優秀、自分たちに出来ないことなんて何もない、スポーツも、勉強も・・・とちょっぴり思い上がった3人組だった。毎日のように、放課後も一緒に遊び、たくさんたくさん話をした。

 担任は新卒の若い男の先生、クラスは女生徒たちが、二派に分かれ、事あるごとに対立し、いさかいが絶えない。

 ある日曜日、ついに先生は困り果て、私を呼び出し「おい、なんとかしてくれよ。」と言われたのだが、「え?私なんかに何もできひん。無理やわ。」と先生をがっかりさせてしまった。その後、このことは、なにかずっと心のしこりになって、今でもたまに夢を見る。

 もう一度、あの時代をやり直そうとしている自分が出てくる。しかし、「もっとちゃんとできるはず」の私なのに、何事も成就しない夢なのだ。

 彼女の記憶にあの時代はどのような姿で残っているのだろうか。今度会ったら、そっと尋ねてみようかなと思うけど、なんだかちょっと怖い気もする。

*********続編**********

同窓会の当日、初めてということで、紙に大きく旧姓を書いて、駅の改札口で友人と立っていた。

「きっと、わからないでしょうねえ・・・」

もう昔の風貌を維持している人はほとんどいない。(笑)

でも、彼女はちょっと早く到着していて、別の方向から待ち合わせ場所に来て、友人たちと談笑していた。

「こんにちは!」

「え?だれ?」

「ほら、Mですよ!」

「わあ・・・懐かしい・・・」

数分後、私たちはもう昔に戻ってあれこれ、思い出話に花を咲かせた。彼女のえくぼのある口元は昔のままだった。

彼女の記憶に残っていたのは、私とちょっと違った。よく衣笠山に登ったこと。

(そういえば、そうだった・・・私は山の楽しさを自慢するためによく仲良しを山に誘い、楽しい時間を過ごしたのだった。山に入ると私たちは役者のように別人になりきって、会話をかわし、想像の世界で思いっきり遊んだ。そして山から出て道路に一歩足を踏み入れたとき、現実の自分に戻る。ああ、そうだったなあ・・。山登りは最高に楽しい遊びだった。

 また私が英語の暗誦大会に出場したとき、彼女ともうひとりの友人も応援にきてくれたのだった。暗誦するのに「Dandelion」の発音がうまくできなくて何ども繰り返し練習したことは、覚えていたけれど、大会当日のことは、あまり記憶にはなかった。応援に来てくれたんだ・・・。ありがとう・・・。あの頃の私、きっと御礼を言ってないわよね・・・。

 卓球大会に出たときのことは、二人とも共通に記憶していた。神社の卓球台を大急ぎでとって、必死で練習したこと。だから今も温泉卓球より、ちょっと上級な腕前であること・・・。彼女の記憶はポジティブで、私はなんだかほっとした。あの時代、私たちは怖いもの知らずで、ちょっといばっていたけれど、意地悪ではなく、自分自身に必死で生きていたのだと思えてきた。

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映画「ベンジャミン・バトン」 (Non)

2009・3・23

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これは、友人から「おもしろい映画だったから見てごらん。」と紹介されたものだ。公式サイトをのぞくと、ブラッド・ピットと昨年見た「エリザベス・ゴールデンエイジ」で女王役だったケイト・ブランシェットが出ている。この女優さんは、好感度抜群で大好き。

3月はじめ、やっと見に行くことができた。

ストーリーはちょっと現実ばなれした不思議な話だ。1920年代にスコット・フィッツジェラルドという作家が書いた短編をもとにしたものらしいが、80歳の老人として生まれ、だんだん若返っていくベンジャミンという男の物語。彼は世間の目を気にした実の親からは、捨てられてしまうが、愛情深い黒人の女性に拾われ、家族として大切に育てられる。

ベンジャミンの場合、成長することは、老人から次第に若返っていくことなのだ。車椅子から立ち上がり、杖を捨て、自分の知らなかった世界を覗いて回る。ある日、彼は生涯愛することになる女性、デイジーと巡り合う。彼女は10歳くらいの可愛い少女だった。ベンジャミンはやがて船長に仕事をもらい、船に乗って世界の海を航海する。しかし第二次大戦でその船は愛国心に燃える船長の体当たり攻撃に海の藻屑と消え、生き延びた彼はふるさとへ戻ってくる。330912_01_02_02_3

デイジーは踊り子として活躍する美しい娘に成長していた。ちょうどよい年頃になった二人は共に暮らし、人生で最高の日々を過ごす。でも、デイジーはだんだん年をとり、ベンジャミンは若返っていった。二人の間に生まれた女の子のために、父親の役を果たせないベンジャミンは姿を消し、しばらくしてデイジーも娘のために再婚する。それから何年もたって初老の婦人となったデイジーは、孤児院に保護された記憶のない5,6歳の少年に会う。ベンジャミンだ!と彼女にはすぐわかった。ベンジャミンは乳児となりデイジーの胸に抱かれて昇天する。330912_100x100_012

この物語が伝えているのは、時間の流れというものは、人間にとってどうすることもできない・・・ということだろうか。そして人は、その中で、与えられた運命を懸命に生きているということ。赤ちゃんとして生まれ、成人し、青春、壮年時代を生き、やがて老いて死ぬという過程をたどっても、ベンジャミンのように老人で生まれ、若返っても、「時間の流れ」というものには、あらがうことはできないのだ。映画の台詞の中にも、人間の運命が動かしがたい何かに支配されていることを印象づける言葉が多かった。デイジーが交通事故に遭ったのも、ふとした偶然とみえる事柄の積み重ねが誘因だった。しかし、その偶然は次々と必然のように事故につながる事柄を引き起こす。つまり、人間の運命は、時の流れが厳然としてあるように、何か大きな力(神)の手の中にあるということを語っているようだ。そしてその大きな力に背中を押されながらもベンジャミンもデイジーもその他の人々も全部、自分の生を懸命に生きているのが心に深く残った。

ブラッド・ピットは有名な男優で知っていたが、映画を見るのは初めてだ。60代から20代ぐらいを実にうまく自然に感じられるように演じていた。ケイトも若々しい乙女から初老の婦人まで、気品ある美しさで好演だった。この映画はアカデミーでメイク賞を獲得したようだが、実に巧みなメイクだった。

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「ヒトの身体について ―廃用症候群ー」 (kaz)

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2009・3・19

生命の科学 その4

この科目で学んだ言葉の中で、特にドキリとした言葉に「廃用症候群」と
いう言葉があります。この症候群は、身体的活動性の減少(たとえば運動
不足・入院時の安静・必要以上の介護等)によって引き起こされる病的状
態の総称で、読んで字の如く「使わなければ(身体のどこかが)お払い箱に
なってしまう症状」のことです(オー、コワ)。

現在、宇宙飛行士の若田光一さんが宇宙長期滞在による健康への影響を調
べる実験台になっていますが、無重量状態では筋肉を使用しないので筋力
が低下し、骨の新陳代謝のバランスが崩れ骨がもろくなる等、地上ではあ
りえない体の変調が起きるそうです。この例がまさしく廃用症候群の代表
的なものだと言えるでしょう。筋力や骨の健康的な維持のためには、地上
の重力下で適度に身体を動かすことが大切であるということです。

また、万が一病気になった場合には特に廃用症候群に気をつけないといけ
ないようです。先生が書かれたテキストにはこう書かれてあります。「疾
病や病態に直接起因する障害である一時的障害に対して、それらとは直接
的には関係しない二次的障害がある。加齢やその他の疾病によって障害を
もった場合には、二次的障害を予防する必要がある。すなわち、一次的障
害があっても、さらなる障害をもたないような努力が必要になる。二次的
障害とは基本的に廃用、過用、誤用によるものである。身体的活動性の減
少によって引き起こされる病的状態の総称を廃用症候群という。筋萎縮、
骨萎縮、関節拘縮、心肺機能低下、運動能力の低下をはじめとして種々の
症状がある。一時的障害により、不必要な長期の安静状態が継続すると筋
肉は衰え容易に疲れるようになり、骨密度は低下し骨折しやすい状態に
なって、関節の柔軟性も低下し、心臓や血管系の機能そして呼吸器系の機
能も低下してしまう。」そして、肉体的衰えが精神的衰えを引き起こす原
因にもなってしまうという点が見逃せません。

廃用症候群という言葉を知った時に思い出したのが、以前読んだ、神主で
ありまた医学博士でもある葉室頼昭氏の著書です。開いてみたら、やはり
次のようなことが書かれてありました。「細胞は遺伝子のなかに、医学的
にいうとアポトーシスという作用が記憶のなかに入っている。アポトーシ
スというのは日本語でいうと枯れ葉が落ちるというような意味です。どう
いうことかというと、細胞は自分が認められないと自分から死んで、消え
て、自殺するという記憶がある。・・・手術して一週間でも寝ててごらん
なさい。足が細ってしまって歩けないでしょう。あれは寝ていると足の細
胞が、ご主人様は私を必要としないなと思うんですね。・・・それと同じ
ことが脳の細胞にも出てくる。脳を使わなくなると脳の細胞がはいさよう
ならと消えてしまう。ぼけたくなかったら死ぬまで頭を使うことです。」

テキストには日常生活で気をつけるべきことについて次にように書かれて
います。「毎日の健康は生きがいのある人生を送るための基盤である。歩
くことや家事労働でよく身体を動かすことは毎日を楽しく暮らすためにも
とても大事なことなのである。多少面倒とは思っても、億劫がらずに身体
を動かすことが、毎日を気持ちよく生活するための秘訣ではないだろう
か。」

基本的に「ヒトの体はきわめて柔軟なので、身体への手入れの仕方次第に
よって大いに変動する」ということのようですね。身体でも脳でも使わな
いものは無くなってしまう・・・「マメで達者に暮らさなくっちゃ」とつ
くづく思わされました。

Sita_2

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「ヒトの身体について ―ストレス・脳・身体ー」 (kaz)

2009・3・14

Ue

  

生命の科学 その3

現代社会においては、多くの人々が過剰ストレスに悩み、心身の不調を訴
えています。ストレスが人の脳そして身体へ与える影響について考えてみ
たいと思います。

1.感覚受容器から大脳へ
人は眼、耳、鼻、口、皮膚などの感覚受容器を活用して環境の変化を受容
し、視覚、聴覚、臭覚、味覚、皮膚感覚などを働かせて環境の情報を取り
入れている。外部のアナログ的情報は感覚受容器により受容され、そして
電気的信号(デジタル信号)に変換される。電気的信号はそれぞれの対応
する神経線維上を伝わり、大脳においてそれぞれの感覚に関する中枢に
至って処理される。

2.人は大脳皮質が発達
外部の情報が大脳の表面にある大脳皮質に達することにより、人は意識
し、意識に基づいた判断や行動をとることができる。大脳皮質は灰白質
で、厚さは2~3ミリと薄い。ヒトは大脳皮質部分が発達している点が他
の動物と違うところで、この部分に神経細胞の細胞体が密集していて高次
な情報のやりとりを行っている。各感覚は大脳皮質におけるそれぞれ決
まった場所の領域で情報の処理が行われる(脳機能の局在化)。大脳の中
心溝より前方は出力系、後方は入力系である。

3.大脳皮質と大脳辺縁系
外部の情報が、大脳皮質に達すると、人はそれを意識する。大脳皮質で処
理することにより、意識に基づいた判断を行うことができ、意識的行動を
引き起こすことができる。一方、大脳皮質のすぐ内側にあるのが大脳辺縁
系である。大脳辺縁系は扁桃体、海馬、帯状回などからなり、動物でも共
通してもっている本能的な衝動や不安、おそれ、快・不快、喜怒哀楽など
の原始的な情動にかかわる働きを行っている。人間はこれらの原始的な感
情を大脳皮質の前頭連合野において常識や体裁などによって押さえつける
能力をもっている。

4.大脳辺縁系のストレスが体調不良へ
人間らしい行動をとろうとすると、大脳皮質によって支配される高次の感
情のコントロールが煩雑におき、大脳皮質のすぐ内側にある原始的な情報
を司る大脳辺縁系において過剰のストレスとなる。そして、近傍の自律神
経系(交感神経系と副交換神経系があり、神経を介する電気信号により素早
く内臓機能を調節する)と内分泌系(血流によって移動するホルモンを介し
て、概日リズムや性周期などを含めて着実に種々の内臓機能を調節する)
の中枢がある視床下部の機能が大きく乱れる。視床下部の機能が乱れる
と、内蔵機能の調節の不調を起こす。交感神経系と副交感神経系の働きの
調和が乱れ(自律神経失調症)、種々の症状が出現する。具体的には頭
痛、頭重、めまい、肩こり、動悸、息苦しさ、四肢のしびれ感、手足の冷
え、ほてり、ふるえ、口渇、悪心、嘔吐、下痢、倦怠感、腹部膨満感、頻
尿などの多彩な症状が出現する。性機能、免疫力も低下する。

以上、脳の仕組みからストレスが身体に及ぼす影響についてみてみました
が、このようなメカニズムを理解しておくことはとても大事なことだと思
います。ある程度の仕組みがわかれば客観的に自分や他人を見ることがで
きますから。

「脳疲労に克つ-ストレスを感じない脳が健康をつくる」(横倉クリニッ
ク院長 横倉恒雄 著)にはこんなことが書いてありました。「(身体の
不調の多くは脳疲労からきているので)脳疲労を解消すれば、すべて脳が
治療してくれる。」「大きくなりすぎた理性の負担を小さくしてあげる。
小さくなった本能の働きを、大きくしてあげる。必要なのはその治療だ
け。」そして、この本には脳疲労を回復させる具体的な方法として、「自
分にとって『快』と感じることをやったり(快の法則)」、「五感を活き
活きと呼び覚ますこと」等が挙げられています。

脳疲労の回復方法は何も難しいことではありませんね。自分に正直になっ
て「快」の感覚を求めていけばいいことですから(笑)。

この他、スクーリングで脳に関して印象に残った次の2点を付け加えま
す。
(1)     脳へ通過できるのは3つの物質だけ
脳の血管は身体の他の部分とは異なり、血液脳関門という機構により、ご
く限られた物質のみを脳の神経細胞に供給するシステムを有している。血
液脳関門を通過できるのは、3つだけ。アルコール、覚せい剤やシン
ナー、そしてグルコース(ぶどう糖)。

(2)脳と手指・口の関係
大脳の運動野には手指と口のまわりの運動と感覚に関わる神経細胞の数が
とても多い。それゆえに、それらの場所では繊細な運動が行われている。
逆に、その部分を動かすことにより多くの神経細胞を刺激することにもな
る。
Sita

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芭蕉の恋句    (Non)

0091370_2 2009・3・11

 東 明雅 著 〔岩波新書〕

前回の句会の折、○さんが「短歌には恋の歌が多いけれど、俳句にはあまりないですね。」と言われた。私も以前からそんなことを考えていて、(でもまどかさんの俳句にはけっこうあったなあ。)リサイクル図書をもらいに行った時この本のタイトルが気になって、すぐ手にとった。なんだか忙しい日が続き、なかなか読めなかったのだが、最近やっと読むことができた。まず、本の扉に書かれている文章が興味をそそる。

「閑寂の詩人と呼ばれる芭蕉は、同時に恋の句を数多く残した濃艶の詩人でもあった。・・・・・・」

 ただし、我々が今「俳句」といっているのは「俳諧連歌」の発句のことで、芭蕉は発句よりも連句〔俳諧〕に自信を有していたというわけで、この本に出てくる芭蕉の恋句はすべて、連句のことである。著者は、芭蕉が晩年近くに出かけた旅「奥の細道」〔1689年3月から約半年〕においてさえ、たくさんの恋句を作っていることを挙げ、その後芭蕉の恋句を

1、貞享時代

2、元禄元年・二年

3、元禄三年

4、元禄四~七年

と時代別に拾い出し、その特徴や変化を見ている。私がおもしろかったところを1,2書き出してみる。

     芭蕉の恋句には、「恋のあわれ」がにじみ出ていた。

同時代の西鶴の「好色五人女」の中で庶民階級の年頃の女性が自分がどんな男にめとられていくのかの不安を抱え、室明神にお願いするという場面がある。西鶴はそこで、「それは違うよ。そんな願いは出雲大社にお願いせよ。」と笑い飛ばしている。そのことを芭蕉は「去来抄」の中で「事は卑俗の上に及ぶとも、懐かしくいひとるべし。」と、批判している。

芭蕉たちが、同じく庶民階級のそんな娘の不安を詠んだ句は、

    黒木ほすべき 谷かげの小屋

    たがよめと 身をやまかせむ 物思い 〔芭蕉〕

    あらのの百合に 泪かけつつ

と、とても美しい。卑俗のことを題材にしても「あわれ」を描くのである。

    「奥の細道」の中で、4月3日那須野、黒羽の翠桃の家で開かれた俳諧

    宮に召されし うき名 はずかし (曽良)

    手枕に ほそき肱(かいな)を さしいれて 〔芭蕉〕

これだけ露骨に閨房における若い女性の肉体を描いていながら、いやらしい感じはみじんもない。その理由はこの句が興味本位に好色的に描かれているわけでなく、やはり恋のあわれを描いているからだ。

  芭蕉は遊里のことを含め、社会のあらゆる面に精通していたようで、それは彼が「俳諧師」として大成した要素の一つでもある。

    餅二かさね えにしそふ帯

    吉原の土手に 子日(ねのひ)の松ひかん (芭蕉)

遊里の題材を取り上げる場合、その取り上げ方が極めてあざやかで洗練されている。

    俳諧の中では、源氏物語など王朝文学の場面から心情を推察した句がつくられたりもした。

    足駄はかせぬ 雨のあけぼの    (越人)

    きぬぎぬの あまりかぼそく あてやかに (芭蕉)

    風ひきたまふ こゑのうつくし   (越人)

(現代語訳と解説)

後朝(きぬぎぬ)の別れに女君があまりにもかぼそく、またあてやかであるのに惹かされて男は降る雨の中を帰る足駄をはくことができない。風は風邪で、前句の「あまりかぼそく」から病体を付けたのである。前句だけでもその女性が高貴の女性らしい表現として十分であるが、この付句の「風ひきたまふ」という鄭重な表現によってますます王朝物語の中の姫君となる。〔中略〕後朝の別れに男は風邪をひかれたかぼそくあてやかな姫君の体を気遣い、その初めて聞く風邪声に以外な魅力、抱きしめたいようないとしさを感じるのである。芭蕉の恋句の付合の中でも最も艶美なものの一つであろう。

   起きもせで きき知る匂ひ おそろしき  〔東睡〕

   乱れて鬢の 汗ぬぐい居る      (芭蕉)

「阿羅野」時代の芭蕉の恋句の多くは、濃厚な王朝文学の影響のもとにある浪漫的な香気の高いもの。

  その他

   さまざまに 品かはりたる 恋をして  (凡兆)

   浮世の果ては 皆小町なり 〔芭蕉〕

   人生無常 ・・・一切象徴。 芭蕉の恋句は最晩年になると少なくなり、「軽み」にその冴えを発揮するようになった。

「俳句」という語には、親しみがあっても「俳諧」というのは、文学史の中の一語に過ぎなかったが、この本には「俳諧」がどのような約束に基づいてどのように展開されるものなのかもわかりやすく解説されている。我々にとって遠い巨星のような芭蕉にちょっと親近感も持て、さらにその才能の豊かさに驚かされる一冊である。08_022

  

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サラ・ブライトマンのコンサート (Non)

2009・3・8

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1月末、新聞に「サラ・ブライトマン来日・日本公演」の文字を見て、「わあ、サラがくるんだ・・・」と思っていたら数日後、チケットは完売したとあった。あきらめていたら、友人から「3月5日に追加公演をするそうよ。すぐネットで申し込んで!」と電話があった。チケットをネットで申し込むのは、一昨年の第九以来。ちょっと慌ててアクセスし、すぐセブンイレブンに走った。ふう、とれた・・。

当日、日本武道館には1時間前に到着。ロビーで持ってきたおにぎりをほおばり、「ふふ、私たち、全く高校生の頃にもどったみたいね。」と笑いがこみ上げてくる。

この会場の収容人数は15000人というから、ふだんとちょっと勝手が違う。会場には、ずらっと座席がならび、もうかなりの人が入っていた。私たちの席はアリーナでせり出した舞台からほんの6,7メートルという嬉しい席だった。アリーナ、1階、2階とびっしりの人で、それも老若男女、サラのファン層の厚さが伺えた。

いよいよコンサートが始まった。地味な茶色のドレスをまとい黒いベールをかぶった老婆がよろよろと登場してきた・・・と思ったらダンサーがさっとドレスとベールをはがす。中から白い肌の豊満な胸を強調した真紅のドレスのサラが現われ、にっこり!いつもCDのカバーや写真で見るサラは笑っていないので、初めて見る可愛い笑顔だった。

最初の歌は「ゴシックの夢―嘆きの天使」そしてファイナルコンサートへようこそ・・・ソロシンガーとしてスタートしてもう20年が経ちました。こんなにたくさんの皆様にきていただきとても嬉しいです・・・とサラの挨拶が入った。歌声もいいが、はっきりとした力強い声でいい感じだ。(コンバンハだけ日本語であとは英語・笑)

舞台は大きな3Dのスクリーンになっていて、そこにゴシックのお城が映し出された。映像はどんな仕掛けなのか、立体的。サラの優しい、清純な乙女のイメージのきれいなソプラノが響き渡る。次々と私の知らない歌が続いたが、「月の息子」という曲のときは、スクリーンが水の中になり、中央にサラが横たわってそのまわりに8人のダンサーがまるでシンクロのように泳ぎ回る驚くような演出だった。

そしてついに私の知っている曲「サラバンド(ヘンデル)」のダンスに続き、「エニータイムエニーウエア」これはアルビノーニのアダージョのメロディーで、何度も聴いた。うん、すばらしい。

そして今夜はイタリアで人気のテノール歌手アレッサンドロ・サフィーナを迎えて、「The  Phantom Of The Opera」これは、ロンドンで見たミュージカル、でもその時はもうサラではなく、残念だった・・・こうしてサラのを聴けるなんて・・・とても幸せ。テノールもすごい迫力で、二人ともすばらしかった。ブラボー!そしてサラが自転車に乗って走りながら歌う「I’ve been  this way before」この中に友人と一緒に踊った「くるみ割り人形」の「金平糖の踊り」のメロディーが挿入されていて思わず顔を見合わせた。

また、サラが中央の天井から降りてきたブランコに乗ってピンクのながーーーいドレスを揺らしながら歌ったときは、私たちの席にひらひらと赤い花びらが落ちてきて、帽子に留まった。Image_file_url

アンコールでは「ランニング(ジュピター・栄光の輝き)も聴くことができ、聴きたい曲のほとんどが聴けて大満足だった。ちょっとチケットは高いかなと思ったが、「さすが、プロ・・・」と観客を満足させる力量のある、サラとそのスタッフたちだった。これからもクラシカル・クロスオーバーの活躍を続けてほしい。

(写真は、NEWS PHOTOよりお借りしました。)

以前の「サラ・ブライトマン」に関する記事・・・2007・7月音楽の項より

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ヒトの身体について その2 ‐4つの分業システム‐(kaz)

2008・3・6

Yukinoki

生命の科学 その2

ヒトは食物と空気を取り込み、体内でそれらを活動のエネルギーや身体を
構成する成分として利用し、生命を維持しています。つまり、生命維持
は、消化器系、呼吸器系、循環器系、泌尿器系の4つの分業システムに
よって行われているのです。工場で言えば、4つのラインがあるということ
になるでしょうか。皆さんすでにご存知の内容になると思いますが、あら
ためて4つの分業システムをみてみたいと思います。

1.食物を取り込んで、分解する消化器系
食物は口腔内で咀嚼され、消化管内へ送られ、攪拌などの物理的消化と
種々の消化液による化学的消化を経て低分子となり消化管腔から吸収され
る。吸収される物質の約90%は小腸から、残りの10%は胃と大腸から吸収
され、吸収されなかったものは便となって肛門から排泄される。消化器系
は口から肛門まで、1本の管状になってつながっている。その長さは9メー
トル、そのうち小腸が6.5mを占めている。この消化器系臓器は4つの分業
システムの中でも、身体の外の(に近い)システムであると考えると理解
しやすい。

2.空気を取り込む呼吸器系
「その1」でも述べたように、私達は食物から得た栄養素を呼吸器系に
よって取り込んだ酸素と反応させることによって、効率的に活動のエネル
ギーとなっているATP(生物のエネルギー貨幣)を獲得して、生命活動を
営んでいる。つまり生きていくためには栄養素と酸素が必須。その酸素は
呼吸器系によって取り入れられる。空気は、鼻腔→咽頭→気管→気管支→
肺→呼吸細気管支→肺胞嚢と運ばれる。心臓から肺へ送られる肺動脈には
二酸化炭素が含まれて、肺胞でガス交換を行い、肺から心臓へ送られる肺
静脈には酸素が含まれている。(肺と心臓の間の動脈には二酸化炭素が含
まれ、静脈には酸素が含まれている点は、他の動脈と静脈と反対)

酸素は、赤血球のホモグロビンというタンパク質と結合して体内の各細胞
に運搬される。そして、各細胞では、栄養素と酸素とを反応させて、それ
ぞれの細胞のエネルギーを生成している。この代謝反応の結果生ずる老廃
物は、肝臓で無毒化されて水に溶けやすくされ、腎臓によって尿とともに
排泄される。

3.取り込んだ栄養素と酸素を全身の細胞に運搬し各細胞における生化学
反応に供給する循環器系
小腸で吸収された栄養素は肝臓を経由して、酸素とともに身体を構成する
60兆個の細胞に常に供給されなければならない。このように多くの細胞に
栄養素や酸素などを運搬するシステムが循環器系である。循環器系は血液
を送り出すためのポンプ作用を行う心臓と運搬経路である血管からなる。
ヒトの細胞が約60兆個あり、その細胞群へ栄養と酸素を運ぶため血管網は
約10万キロメートルにも及ぶ。心臓は1分間に約5L程度の血液を送り、
日約10万回拍動する。心臓(心筋)そのものの活動のために必要な栄養素
と酸素の供給源は、心臓の外側を取り巻いている冠状動脈を通じて送られ
る血液である。

4.生化学反応によって生じた老廃物は、肝臓、腎臓を経由して、泌尿器
系によって体外に排出される
活動のエネルギーを獲得するため栄養素と酸素が供給される。その際、生
化学反応が生じ副産物として生成された二酸化炭素や老廃物は体外に排出
される必要がある。老廃物などは肝臓において水に溶けやすい形になり、
腎臓によって尿中に溶けて排出される。尿として排出する水の量、代謝物
の量、塩類濃度などを調節することによって、体液の恒常性を維持する働
きもおこなっている。成人で1日あたり、1~1.5Lの尿を排泄している。

以上4つのシステムの働きをみても、やはり私達の身体は「数多くの生化
学反応の積み重ねによって構成」されているということが「よ~く」わか
りますね。

Suisen

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「ヒトの身体について その1」 (kaz)

Ue 2009・3・2


生命の科学 その1

スク友(スクーリング友達)から「面白かったよ」と薦められて、共通基
礎科目である「生命の科学」も2008年秋のスクーリングで受講してみまし
た。健康に関する情報はたくさん溢れている現代ですが、細切れなものば
かりでもう少し全体的に見てみたいなという思いもありました。心理学の
科目ではありませんが、スクーリングで学んだこと、そしてレポートに書
いたことなどをやはりランダムになりますが4回にまとめてみたいと思いま
す。

先生は「しっかりした根拠に根ざした健康づくり、健康の維持が大切で
す。これらの知識を生かして、社会福祉のサービスの必要な方々へのより
よい支援に結び付けてほしい。」とおっしゃって、難しいと思われること
を噛み砕いて丁寧に教えて下さる姿勢には頭が下がる思いがしました。先
生が分かりやすく書き下ろしてくれたテキストは、身体の仕組みを先生自
ら描かれたという沢山のイラスト入りで、とても読みやすい内容のもので
した。いかにして一般学生向けに生命の仕組みを分かりやすく説明しよう
かと工夫されているお気持ちがひしひしと伝わってきました。「一見きわ
めて複雑だと考えられてきた生命に関する現象を丁寧に検討していくと、
実は一つ一つがきわめて単純・明快なしくみの積み重ねです。」「生命現
象の基本は数多くの化学反応の積み重ねにより構成されています。」と先
生が何度も強調されていたことは今でも印象に残っています。

最初は、生命誕生の話からでした。約40億年前に最初の生命体が誕生し、
「魚の時代」→「両生類の時代」→「爬虫類の時代」→「哺乳類の時代」
という進化をしてヒトになった。そして、今でも、ヒトの受精卵は「個体
発生は系統発生を繰り返す」ため、その40億年に及ぶ生命の歴史を母胎内
において再現する。つまり、受精後32日目からの受精卵の約1週間は、まさ
しく「魚の時代」→「両生類の時代」→「爬虫類の時代」→「哺乳類の時
代」を再現し、7日後の40日目にして「人間らしさ」のシンボルである大き
な前頭葉が出てくる。この1週間でタツノオトシゴの形から背中を丸めた
頭でっかちのコケシのような形になる胎児の成長の目まぐるしさ!!  生命
はまさに神秘のベールに包まれていますね。脳や心臓をはじめ重要な器官
のほとんどが受精後7週までに出来上がるそうです。

また、ヒトの身体のすばらしさを数の上から考えると次のようになるそう
です。ヒトは約200個の骨と、骨に付いた約400の筋肉を動かして様々な動
きをしている。栄養を身体のすみずみに運ぶ血管網は約10万キロに及ぶ。
長さにして、実に地球一周の2倍半。そして細胞の数は約60兆個で構成され
ている。世界の人口を60億とすると1人のヒトの細胞の数はその1万倍。そ
れだけの細胞群に栄養を行き渡らせるためには、血管網の長さが地球の2
周半になるということにもうなずけます。

「生命現象の基本は数多くの化学反応の積み重ねにより構成されている」
という例は次のようなことが挙げられるようです。人は栄養素を他の生物
を食事として取り入れるが、他の生物はそれぞれ人と異なる特有で複雑な
構成体(タンパク質、糖質、脂質など)になっているため、わたしたちは
それを消化器系によってアミノ酸、単糖(グルコース)、脂肪酸に、すな
わち「素材」にまで分解し、体内に吸収して取り入れている。なぜ分解し
なければならないかというと、身体には免疫系があり、他の生物体の侵入
を防いでいるため、他の生命体を特徴づけている複雑な構成成分は拒絶さ
れ、炎症などの防御反応がおきてしまうためである。消化器で、もともと
の生物体としての特徴を消し去り、低分子化してから初めて消化管食腔よ
り体内に吸収し自分のものとする。そして、食物から得た栄養素を呼吸器
系によって取り込んだ酸素と反応させることによって効率的に、活動のエ
ネルギーとなっているATP(生物のエネルギー貨幣)を獲得して生命活動を
営んでいる。

今まで、私は自分の身体についてはまるでブラックボックスのように何も
知らなかったのですが、生命維持のために様々な仕掛けがなされているの
にはとても驚きました。そして、化学は苦手と思っている私なのに、自分
自身の身体が生化学反応を普通にやってのけていることを知りとても感激
しました(笑)

Sita

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