「路傍の石」 (Kamichan)
2009・6・20
山本有三記念館へ行ってから、「路傍の石」をまた読みたくなり図書館へ行った。
すると、児童図書の場所には一冊もなく、コンピューターで検索してみるとなんと書庫にあるという。最近の子はもう読まないのだろう。20分もたって係の人が出してきてくれた本は偕成社文庫のと、もう一つかなり古く黄色くなっていた。
もうそんなに古いものなのだと実感した。
「路傍の石」、道端の石っころ、という題名は何を表しているのか。主人公愛川吾一のことだろうか。この物語は、はじめ「朝日新聞」に連載され、その後雑誌「主婦之友」に書き改められて再び連載された。昭和13年から15年にかけてであった。今からおよそ70年前のことである。しかも物語はそれよりもっと前の明治時代を舞台にしているので、現代の子どもたちには到底理解できない内容が書かれてある。最近の子はこのような本は手に取らないのだろうか。
はかまをはいて学校に通い、銅貨一枚で焼き芋が買えた時代、小づかいは貯金箱にためるような真面目な吾一は、我慢強く、勉強のできる優秀な子だった。しかし父は裁判にかまけて家を顧みず、母が針仕事で家計を支えるような貧しい家に育ち、中学へ入って勉強したいという望みは絶たれてしまう。自分でためた貯金も父親に盗られてしまい、呉服屋に奉公に出る。
子どもの頃に読んだだけなので、内容はうろ覚えだったが、たった一場面強烈に印象に残っていたのが、鉄橋のまくら木にぶら下がるところだった。なぜぶら下がることになったのかは、忘れてしまっていた。しかし向こう見ずで、言ったら最後引くことのできない吾一の性格は最近ではなかなか類を見ないものだと、おもしろく読み進めた。
また、小学校の恩師との別れと再会が劇的に描かれていたのが興味深かった。「吾一という名前はいい名だ。われ一人しかいないという名を誇りに思え」と教えてくれた先生は、再会した時にも「貴様は前途ある人間だ。しっかりやらなくちゃいかん。吾一って名前に対して、恥ずかしくないように生きよ。」と励ました。そして大きく成長していく吾一の姿を思い浮かべながら、この物語は終わる。
読み終えて、作者は「吾一は世の中のすみっこで生きる『路傍の石』ではあるが、その名の通りただ一人、かけがえのない人間の生き方」を表したかったのだと思った。
久々に子どもの頃の懐かしい本を読むのもいいものだった。
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コメント
Kamichan懐かしい本の紹介、ありがとうございます。
確かに読んだ本ですが、もう記憶の彼方に・・・。
でも、私の子ども時代には、まだこの物語は、理解でき、実感できるものだったと思います。
では、現代社会が本当に吾一の生きた時代のように親によって子どもの運命が決まり(子どもは非力で)、貧しいゆえに、学問ができない・・・という社会環境を脱却、進歩したかというと、かならずしもそうとは言えず、形を変えておなじ問題はあるようにも思えます。
投稿: Non | 2009年6月20日 (土) 11時19分
Nonさんのおっしゃる通りですね。最近の社会問題で、親がリストラにあって高校の学費も払えなくなって学校をやめてしまうこと、親の職がなくなり学校を諦めるなどのことが挙げられています。勉強したい子への学費確保が保障されてほしいです。しかし、Nonさんよく路傍の石の画像を探してくださいました。この利発そうなしっかり者の吾一の顔がまた思い出されました。
投稿: kamichan | 2009年6月21日 (日) 09時39分