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2009年7月

 今年の「竹取物語」 (kaz)

2009・7・31

皆様すっかりごぶさたしてしまいました。申し訳ありませんでした。

我が家の竹林に、4月下旬から6月上旬まで孟宗竹が、6月中旬から7月
上旬まで唐竹が出て、その収穫に追われておりました。産直に出荷した
り、ご近所に配ったり、知人達が車に満杯になるほど積んで帰ったりと、
一体何千本とれたことか・・・。

ジャングルのようだった竹林を譲り受けてから今年で5年目。古い竹を伐
採したりして整備してきたので最近は竹林の中が日当たりがよくなりタケ
ノコの出ること出ること。

今年はいろいろな御縁でたくさんの方たちが見学と収穫にいらっしゃいま
した。竹林を見て「オーッ」「すごく良いとこですねー」「また遊ばせて
ください」と言っていただいた時は、整備を進めてきた夫も苦労が報わ
れ、嬉しそうな顔をしていました。

ところで孟宗竹と唐竹の違いってわかりますか?孟宗竹はずんぐりしてい
て肉厚、皮には産毛のような毛が生えています。市場に出るのはほとんど
孟宗竹のようです。唐竹は孟宗竹が出なくなったころに出始める竹で、細
くて、皮に毛は生えていませんが大きな斑点のような独特の柄がありま
す。

味はそれぞれなのですが、なぜか「唐竹の方が柔らかくて美味しい」とい
う人たちが多いです。私はどちらも好き。

竹細工に使われるのは肉が薄く、扱いやすい唐竹の方です。唐竹は真竹と
も呼ばれるようです。

写真一枚目  唐竹のタケノコ

2枚目    竹になった唐竹(新しい竹は白い粉が吹いたようになって
います)

3枚目    竹林の日陰にはまだ紫陽花が咲いています

4枚目    整備がすすんでいる部分

5枚目    まだまだ間引きの必要がある部分

6枚目    孟宗竹

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月下美人の宴

2009・7・29

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ご近所のSさんから「今夜、月下美人がたくさん咲きそうなのです。酒宴をやりましょう。」とお誘いがあった。もう6,7年前に購入された月下美人が2メートルくらいに大きくなって、たくさんの蕾をつけ、昨晩は14個も咲いたそうだ。あまり美しいので、みんなで愛でようと誘ってくださったのだった。

 いつも仲良くしていただいているAさんご夫婦、Hさんご夫婦、とみんなで8人が月下美人を見ながら、お酒、お料理を楽しんだ。オーストラリアに住んでいる友が「月下美人が咲きましたよ!」と写真を送ってくれたことがあったが、実物を見るのは初めてだった。

 昨晩は夜10時頃から咲き始め、11時頃は満開だったという話で、遅くなるのを覚悟して行ったが、今夜は8時頃から開き、9時には全開!ほのかな香りもあいまって、まさに妖艶な美女がその美しさを誇っているような風情があった。大きな葉っぱの一部、葉脈から蕾が出て、その先で花を開く、珍しい花だ。

 Sさんのご主人は、「花より酒!」の方で、月下美人が咲くころには、酔ってしまい、奥様一人が眺めていたのだとか、「今夜はみんなに見つめられて月下美人もさぞ満足なことでしょう。」と笑っておられた。帰宅は深夜・・・・。

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初めての七宝焼き(Kamichan)

2009・7・27

Photo_2  かねてからやってみたいことの一つに、七宝焼きがありました。
5月に七宝焼きの展覧会があるけど行ってみない?
と誘われて行ってみて、その素晴らしさに取りつかれ、夏休みに入ったら習いに行かせていただくと約束をして楽しみにしていました。

切り絵と七宝焼き作家の山本道子先生のアトリエに伺わせてもらいました。
先生はローマ法王来日の際の着席椅子用紋章を七宝焼きで作成され、それが国際七宝展で初入選され、その後数々の作品でたくさんの賞を取られました。
その後切り絵作家の岸元先生と出会って純銀箔の切り絵文字を七宝にアレンジし、巧みな技術で切り絵と七宝をジョイントし、独特な風合いをかもし出しました。
また、切り絵と絵手紙を小学校に講師として教えに行き、今は老人ホームやデイホームへ出向き、コーラスやお茶を通してお年寄りとの交流を大切になさっています。

今回初めて、七宝焼きをやってみて、このブローチを作るにも3時間はかかり、銅板の裏表に細かい鉱物の混ざった釉薬を敷き詰めるにもかなりの根気が要るものだと思いました。細い竹ぐしで厚みを1ミリにしながらの手作業は大変でした。その後、炉の上で乾かし、次に純銀箔を載せ、押さえてから、さらにその上に文字をよけながら、水に溶いた白い鉱物を載せていくのが難しかったです。さらに乾かしてから、色の鉱物を載せ、最後に炉に入れて出来上がりでした。先生の手を加えていただきながらできたのがこの作品です。
世界で一つの私の初めての七宝焼きです。嬉しかったです。
七宝とは仏教用語で「金・銀・メノウ・サンゴ・瑠璃・ハリ・真珠・サンゴ・メノウ」の七つの宝物だそうです。中近東で技法が生まれ、古代エジプトのツタンカーメンマスクから始まり、シルクロードを通って中国に伝わり、さらにそこから奈良時代に日本に伝わったそうです。そんな古いものだとは知りませんでした。
欠けてしまっった作品でも、先生は何とか直してくださいます。一度作ったものは長く長く持つものだから高価なのだと思いました。
最後に先生が今日の私との出会いを、切り絵を入れたカードであらわしてくださいました。

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児の手柏

2009・7・21

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関東に来て、とても印象深かった樹木は、「けやき」だということは、以前にも書いたことがある。

先日、ちょっと集合時刻より早く行って待っていた場所に大きな「児の手柏」の木が何本もあり、「ああ、この木も思い出深い木だった・・・」と懐かしかった。

京都にいる頃、私の生活圏内でこの木を見かけたという記憶が全くなかった。東京で初めて赴任した学校の校庭の一角にこの木が数本植えられていた。

「児の手柏」・・・葉に裏表がなく、普通の樹木の葉の付き方と違って、垂直についているのだ。変わった木だなあ。裏表のない人間に・・・という願いを込めて、「児の手柏」はその学校の校章にデザインされていた。

新米先生の私は子どもたちに校章のいわれを説明できるように、この木の様子をよく観察した。葉の裏と表が全く区別できないというのも珍しく、また夏になんだかごつごつしたうす緑の実をつけたのを見たときにもびっくりした。

それ以来、どこで「児の手柏」を見かけても、すぐにわかるようになった。意識していると、公園や生垣にも沢山植えられている木だった。

この木は中国が原産国らしいが、万葉集にもすでに2首詠われている。ただ万葉集に出てくる歌は裏表のない人間をよしとするものでなく、どこから見てもいいところを見せる・・・つまり八方美人的な人間を批判したものらしい。

また西行の山家集にも「いはれ野の 萩が絶え間のひまひまにこの手かしはの花咲きにけり」という歌があるが、これはヒノキ科の「児の手柏」でなく「オトコエシ」だというのが通説のようだ。そしてシーボルトも「児の手柏」を念入りにスケッチしている。

そんなにお馴染みの木なのに、東京に来るまで知らなかったのは、人間と同じく関心を持たないと覚えないということだろう。しかし「児の手柏」との出会いは印象的だった。

これからも、まだまだよく知らない木との印象的な出会いが待っているような気がする。Konoteki_2 Nakagawa_211_4 Konotegasiwa2_2

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日食の話

2009・7・18

Totaleclipses (写真は国立天文台のサイトより)

ご近所の噂話にも7月22日の日食の話が出るようになった。もうはやばやと太陽を眺めるための眼鏡を購入されたとか・・・。

7月22日、東京では9:56から始まり、11:13には75%の部分食が見られる予定だ。ただ天気予報では曇りになっていて、予報が当たると残念・・・ということになってしまうのだが・・・。

テレビでも太陽を見る眼鏡に、危険なものが発売されていたとか、日食の度に網膜にやけどをして、失明してしまう人が出ているとか注意をうながしている。解説者によると硝子に煤をつけて見るのは、OKなのだそうだ。ただ、まだらになっていたりするとアウト、それに最近のろうそくには不純物が少ないので、なかなか煤ができないのだとか。(しかし・・・国立天文台のサイトでは煤硝子は危険・・・となっている。)

子どもの頃、日食で大騒ぎをしていたことを思い出した。あの頃はテレビなどで情報を得ることはなかったけれど、上級生たちが情報をキャッチしてきて、小さい子達を集めて面倒を見てくれた。七輪だったような気がするが、煤のたくさん出るものをくべ、硝子の板を根気良くかざして真っ黒にした。その硝子板で太陽を見ると、確かに!太陽がいつもの○でなく三日月のようになっていた!

あれはいつのことだったのか・・・小学校3年まで住んでいた家でのできごとだったので、暦を調べてみた。1948年、5月9日、京都で最大82%の日食が見られたとある。あんなに大騒ぎだったのだから、たぶんこれに違いない。まだ小学校に入る前だったのだ。

2009年の次には?・・・・・2012年5月21日に、京都で金環食が見られる。これは94%、すごい!そして2035年9月2日には、やはり京都で94%・・・これは茨城、富山を結ぶ地域での皆既日食だとか。ああ、でもその頃にはこの世に「私」は存在しないであろう。やっぱり天体ショーは人間単位の時間じゃないのだ。

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夏の朝

2009・7・14

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梅雨があけたのかな?

今日は久しぶりにさわやかな朝だ。そう、夏の朝がやってきた。

夏の朝はなんか好きな時間だ。子どもの頃の思い出とつながって、なんだか意欲が湧いて来る。

「さ、涼しいうちに、宿題のワークブックをすませて、午後からは泳ぎに行こう!」

朝顔の観察をしていると、祖母が縁側から声をかける。「麦茶冷やしてあるえ・・・」

太陽が照りつけ始めたけれど、木陰はまだ涼しい。百日紅の花が風にゆれている・・・・。

あれから60年の月日が流れたけれど、私はまだ元気な朝を迎えている。神様、ずっとずっと守ってくださってありがとうございます!

 昨日、ちょっといつもと違うコースを散歩したら、久しぶりに林の中で「とらのお」を見かけた。これはもう7,8年前、早朝の散歩コースに群生していて好きになった花だ。これも、夏の朝の思い出の花・・・。Nakagawa_201

いつか友人と買ってきた苔球に、挿してみた。星のような白い花が次々と先の方に咲いてゆく。

「さ、涼しいうちに、今日はお風呂のタイルみがき!」

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いい音だったなあ・・・

2009・7・9

Glengould_2

 先日「暑気払いをしよう!」と友から声がかかり、久しぶりに仲良し4人が集まるはずだったのだが・・・ひとり、前日に捻挫!残念ながらちょっと淋しい・・(誰か一人がいないとなんだか物足りない・・・)宴会になってしまった。なにしろ一番の酒豪が欠けたのだから。()

でも、ごちそうはいつものとおり、手早くおいしいお料理がたっぷり、お酒も全国のさまざまな銘柄のものが揃い、あれこれ飲み比べながら、次第に心地よい酔いがまわってきた。私たちはふだんあまり話さないような、それぞれの心の内などぽろりぽろりと出しながら、こんなことを話せる友を持って幸せだなあ・・・と感じていた。

「みんな、いろんな思いを抱えて生きて来たんやなあ・・・」

 友人のご主人は、音楽大好きの方で、ご自分でもたくさん作曲をされている。CDの音よりレコードの音が好きと大きなスピーカーに接続した懐かしいレコードプレーヤーが置かれている。レコードは中世の音楽に始まり、バッハまでだけで100枚以上、それから年代順にずらっと大きな棚2段にぎっしりに並べられている。今まで何回もお邪魔しているが、CDでなくレコードを聴かせていただくのは、初めてだ。

 うちは息子の部屋にステレオはあるが、音楽は自分の部屋で聴かないと落ち着かない。だから私は、いつも大きな音で音楽を聴きたいときは、ちょっと音がいいICレコーダー(今年の春、こだわりおやじ用としてオリンパスから発売されたステレオのICレコーダー)で聴いている。たまたまそれを持っていたので、「この音はどうですか?」と聴いてもらった。ご主人は「いいけど、まだ音が硬いね。」と言われたので、レコードの音を聴かせてもらうことになったのだ。

 レコード針を置く音がなんか懐かしい。グレン・グールドが最初に録音した「ゴールドベルグ変奏曲」。レコードのジャケット、解説書には若いグールドが少しニヒルな雰囲気ではにかんでいた。日本語版解説はホロビッツの演奏を「壊れた骨董品」と評したあの吉田秀和さんだ。「わあ・・・ほんとうにいい音だなあ・・・小さな雑音もなんかグールドがその辺にいてピアノを弾いているような、臨場感を漂わせていた。ふ・・・ん、これがグールドを一躍有名なピアニストにしたというレコードなんだあ・・・。やっぱり雰囲気のある演奏だ。バッハはカンタータがたくさん・・・とおっしゃっていたが、お酒もいただいていることゆえ、管弦楽組曲にした。レコードのいい音をBGMに私たちは夜が更けるまでいろんな話をした。

 ご主人は若い頃から月給をもらうと必ずレコードを一枚・・・というようにして蒐集されたとか。でも、このレコードをみんな聴かせていただくには、もう50年寿命をのばしてもらわないと無理だあ。

おいしいお酒とお料理、そして美しい音楽・・・とっても幸せな夜だった。感謝・・・。

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花いっぱいになあれ 

2009・7・6

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松谷みよこさんの童話に「花いっぱいになあれ」というのがあった。街の子どもたちが花の種を風船につけて飛ばし、その一つが子ぎつねコンの住む山の野原に落ちてくる。コンは、赤い風船を花だと思い、土に埋めてやる。次の日、風船はくたっとしていて、コンはすっかりしょげてしまう。でも・・・やがて春がきて、たくさんの芽が出て、美しい花をいっぱい咲かせるのだ。なんだかとても素敵なお話・・・・と感激し、よく覚えている。

一緒に地域活動をしているAさんが、昨年、会議で提案された。

「私はこの街を花いっぱいにしたいと思っているんですよ。花の苗を育てて、それをみんなに配るのは、どうですか?」

でも、役員も少なく、これ以上仕事を増やすのはたいへんだなあ・・・とみんなあまり乗り気でなく、その話はうやむやになってしまった。

今年の春、またAさんが、「花の種をまきましょう。」と声をかけ、数人が「じゃあ、お手伝いしましょう。」ということになり、Aさんの家の庭に集まった。まつばぼたん、インパチェンス、ふうせんかずら、紫蘇、ミニひまわり、朝顔などの種を苗床に蒔いた。その様子を見て、一人、二人と人数が増え、たちまちのうち、「園芸部」なるものができあがった。Naedoko1

植物のお世話に詳しい方もいて、花の種は順調に成育し、りっぱな苗になった。

先日、自治会の清掃があり、そこでAさんたちは、苗を並べ、「ご自由にお持ち帰りください。」と立て札を立てた。みんな大喜びで、好きな植物を選び、持ち帰った。私は「ミニひまわり」「まつばぼたん」「ふうせんかずら」をもらって帰った。

Aさんは、「みんな、うれしそうでしたね・・・」と自分が一番嬉しそうに汗をふいておられた。今度は秋に来年の春に咲く花の苗を配る予定。私ももっと手伝わなくては・・・。

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ほんとうのところは・・・(Non)

2009・7・1

Saccer

孫は小学生になって、すっかり大人っぽくなり、以前のようにあまえることは少なくなった。話すことや理解の早さは大人なみだし、ビデオカメラや携帯など機械もの()の操作は、私より速くて、もたもたしていると教えられてしまう。

「小さいときは、可愛かったねえ。」などとアルバムで赤ちゃん時代を振り返る。23歳頃、言葉をどんどん覚えて、外界のものに強い興味、関心を持つ時期が一番おもしろかったような気がする。想像力がたくましく、「ごっこあそび」が大好きだった。

ピクニックに行って、ごはんをつくり、遊んでいたら雨が降ってきて、傘をさして行進し、雨嵐に立ち向かう「ピクニックごっこ」。しばらくはこればかりあきずにやっていた。

カラフルなお菓子やおもちゃ、おいしいくだものジュースなどを選んで買える「おみせやさんごっこ」

忙しいおかあさんが子どもを保育園に預け、昼間は一生懸命働いて、帰りに、子どもを心配しながら急いでお迎えにくる「ほいくえんごっこ」

自分の知らない土地に出張して地図を見ながら会社をさがし、打ち合わせをして、帰りにおみやげを買って夜中に帰ってくる「パパのおしごとごっこ」・・・小道具をみんなそろえて、リアルな会話でドラマは進んでいく。何回も繰り返すので、適当に会話をしていると、すぐ指摘されてしまう。「ばあば、本気でやってよお~」Hukuwarai1

やがてごっこ遊びは遠のき、それからは風船バレーや飛行機とばし、カーレース、わりばしでっぽうや折り紙・・・と遊びは変化していった。

6歳になったころ、食事をしていると、「ばあば、久しぶりにピクニックごっこしようか。」と言った。「え?」というと、「ばあば、やりたいんでしょ。」と笑う。

ふふ、自分が遊んでもらっていたのに遊んであげてるつもりだったのか・・・とおかしくなって噴出してしまった。

でも、今は小学生になって、学校、学童、スイミングと忙しいスケジュールで生活するようになり、やってきても以前のように夜更かしはできない。友達と遊ぶ楽しさを覚え、成長した姿をみていると、「やっぱり、あのころ、私は孫に遊んでもらっていたのだ・・・」と実感するのだ。ふふ・・・楽しかったなあ・・・・。

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