書籍・雑誌

高浜虚子「俳句の作りよう」 (Non)

2009・10・23

32282317

そんなに真剣に対峙しないまま、俳句を始めて2年目になった。いっしょに句会をやっているお仲間はどんどん上達されているように感じる。それなのに自分は句会が近づいてきたら一生懸命周囲を見回して題材をさがし、それこそ一夜づけで俳句をつくるありさま。

一番問題なのは、俳句を作ることの楽しさがあまりよくわからないのだ。自分の感動をどう表現したらいいか、考えとぴったりの言葉がなかなか見つからない。「ああ・・・陳腐だ・・・」と自分の言葉の貧しさにがっかりするばかり。

それでも句会の期日は近づいてくる。毎回の句会で私は話し合われたことをまとめる記録係をおおせつかっているので、先生から「これ、読んでおいて!」とどんどん本や雑誌を渡される。今回は先生の先生、高浜虚子の娘さんが開いておられる句会に長年所属されているというT先生がいらっしゃるのだ。緊張!

今回渡された本は角川ソフィア文庫から今年出版された高浜虚子の「俳句のつくりよう」わあ・・・薄い本でよかった。これなら一日で読めそうだ。この本は大正3年に初版が出されたが、以来ずっと売れ続けているという超ロングセラーなのだ。大正時代、子規の亡き後、高浜虚子のホトトギス派は俳句の定型を破る新傾向を提唱する河東碧梧桐たちと対立したが、昭和に入って俳壇=ホトトギス派というくらい隆盛をきわめたという。その虚子の自信を支えたのがこのロングセラーだったとか。

なるほど・・・平易な文章でわかりやすく書かれた入門書だ。今ならハウツウものの本は、ちまたにあふれかえっているが、この時代このような斬新な書き方をした本はそうなかっただろうと思われる。

ここにはまずもって5,7,5を並べてみよと実践を勧めている。そして席題がだされたとき、その言葉だけに囚われず、広い範囲でものを見て思いめぐらし、しかるのちにその席題の言葉との結びつきを考えて作句してみよという。次には埋字、俳句の中7をあれこれ替えて吟味するというもの。これは虚子が子規とともに俳句写生に出かけた折、紹介された方法らしい。一見お遊びのようだが、この吟味を通して先人の有名な俳人の句は一言一言が、十分に推敲された言葉であることがわかったという。また俳句を作るには「じっと眺めいること(虚子の有名な俳句「一つ根に離れ浮く葉や春の水」ができたときの状況など)、じっと案じいることというような基本についても示されている。ほんとうにわかりやすい本だ。いままでにも俳句とは何ぞやなどの本を、少し読んでみたけれど、こんなにわかりやすく全体像の見える本はなかった。薄い本だけど、重要なことが、書かれている。繰り返し読みたくなる本だ。

さて、句会はあらかじめ投句した3句のほかに当日出された席題「柿」「台風」で合計58句が披露され、無事終了。ああ、勉強しなくっちゃ。

私の駄句

  ゴーギャンの 紅葉の赤に 立ちすくむ

  きみの庭 銀みずひきの 光揺れ

  湯上りに 虫の音の中 まどろみぬ

  絵手紙の 道具そろいし 柿一つ

  つるし柿 線路の側の 旧家かな

| | コメント (0)

「生きる勇気 死ぬ元気」 (Non)

2009・10・14

Nakagawa_320_2

これは五木寛之さんと帯津良一さんの対談シリーズの第3弾。「覚悟ある生きかた」「理想の死に方」「最期の時間の過ごし方」「型破り、死の儀式のヒント」「まだ見ぬ死後の世界について」「死の壁を超える養生とは」「究極の生命エネルギーの高め方」という章で構成されている。

8月に癌を患っていた高校の同窓生が最期を帯津先生の病院で迎えられた。その友人と仲良しだったUsakoさんは病院を訪ね、死を迎える心の準備をした彼女とたくさんの話をされたそうだ。彼女は友と懐かしい話をした喜びをすぐに故郷の姉妹に電話で伝えた。その最期は落着いて美しく立派だったと病院の先生たちは話してくださったそうだ。

Usakoさんは、悲しみの中で友人の気持ちをいろいろ想像し、考えながら日々を過ごされた。そんなときに読まれた本の一冊を貸していただいた。

帯津先生が提唱、実践されているホリスティック医療というのは、、身体(Body)心(Mind)生命(Spirit)をまるごと診る、つまり、人間をまるごと診る、病から治癒というプロセスも大切にするが、生→死、死の門をくぐって死の世界までも対象とする医療のことらしい。1982年に川越に病院を開設されている。

そんな帯津先生と私にとってはかなりお馴染みの五木寛之さん、上記の話題で次々と話が展開し、ふ・・・んと感心し、もうちょっとそのことについて深く知りたい・・・と思っているうちにまた話が展開していく。

対談の全体を通して印象に残ったことは、まずお二人の死後の世界についての考え方だった。帯津先生は長年、多くの方の臨終に立会われたが、息が止まるとみんな一様に安堵の表情を示し、それはなんかふるさとに帰っていくような表情に思えると言う。先生は4千もの大きな宇宙をかかえこんでいるエネルギーの高い場を「虚空」と称し、我々は虚空からやってきて、虚空に還ると考えておられるそうだ。地球から虚空まで片道150億年、300億年の循環である。(気功はそのリハーサル)

五木さんは、「大河の一滴」で書かれたような宇宙観。五木という個性はなくなり、一滴の原生命となって母なる海に還り、やがて光と熱につつまれて蒸発し、空へ昇り、再び地上への循環を繰り返している。面白かったのは、お二人とも輪廻転生はピンと来ないといっておられること。

また仏陀は死後の世界を語らなかったそうで、浄土や地獄などという世界も後の人々が考え、仏教につけたしたそうだ。

そのほか心に刻むべし・・・と思ったのは、

1、生の中に死を感じ、考えて生きること。これでいざというときの覚悟が決まる。

2、あるがままに、自分の直感を信じてまかせて生きる。これが安らかに死ねる秘訣。(病を得たら、ジタバタせずに、まわりの人の手を借りて感謝しながら生きて行きたい。)

3、それぞれの命のそれぞれの姿が美しい。

 この本には「死」について、お二人の考えのほか、世界のさまざまな宗教、国、地方などにおける考えや習慣などにも触れられていた。しかし、五木さんが自らおっしゃっているように、これはまだ生を享受している人間にとっては他人事であり、もうまじかに、この世を離れなければならない人々にどんなやすらぎが与えられるのか・・・という考えも頭をかすめた。

 お二人の宇宙観がかなり違ったように、それぞれの人が生きてきた経験の中で、それぞれの人が一番実感できる「死後の世界」というものがあるのだろう。臨死体験で戻ってきた人は本当に死後の世界にいったわけではないし、生きている者にとっては、とうてい知り得ない世界なのだ。しかし、現在、今を懸命に精一杯生きることで安らかな死、新しいよき世界へ導かれて行くことは、確かなような気がする。

| | コメント (2)

ゴーギャン著「NOA NOA」 (Non)

2009・9・7

Nakagawa_246

展覧会に出かけ、画家の人生に興味がわき、彼のタヒチ滞在記「NOA NOA」を読んだ。これはゴーギャンが第一次タヒチ滞在からフランスに戻って展覧会を開いたが、彼の絵はほとんど理解されず不評だったため、彼のタヒチの絵を少しでも、理解してもらおうと文学の力に頼って出版を考えたものだ。しかし、ゴーギャンは少し自信をなくしていて詩人のモリスに草稿を託し、手を入れてもらうように頼んだ。出版までこぎつけないうちに、ゴーギャンは再びタヒチに向った。1901年、モリスはゴーギャンとの連名で自分の詩をのせた版画のない「ノア ノア」を自費出版したが、ゴーギャンには遅すぎた。

 これは実録ではなく、ゴーギャンの精神の冒険譚とされている。しかし、私には、ゴーギャンがタヒチで、何を望み、何を感じて暮らしたか、少なくとも彼の心の在り様が生き生きと感じられた。

 ゴーギャンは最初に着いたタヒチの港パペエテではヨーロッパ文明を幼稚でグロテスクに模倣した品のなさにがっかりさせられ、はげしく打ちのめされていたが、「なにもかも、不可能なことまでも試みぬまま引き下がる私ではない!」と土着民とともに生活しようと奥地マタイエアに入り、人々と馴染もうと暮らし始める。

 土地の人々が恐れている山深いところに3日がかりで出かけたり、岩壁のそそり立つ谷を抜け、彫刻のための薔薇の木を採りに出かけたりする。

 ゴーギャンの観察眼はすごい。さすが画家だと思ってしまう。外観の細かい観察はもちろん、その内面、人々が心に思い浮かべるものまで読み取ってしまうのだ。特に女性に対する観察眼、感覚は鋭い。

 しばらくして彼が紹介してもらって一緒に暮らすことになった13歳の妻テウラに対するゴーギャンの感じ方も格別だ。ゴーギャン自身も書いている。彼女とはちょうどいい時期に出会えたのだ、もっと若かったら彼女を理解できないであろうし、もっと年を取っていたら遅すぎる・・・(このとき、ゴーギャンは43歳!)と。

 テウラは「にこやかな屈託のなさと、子どもらしい軽快さの中から、静かな確信に満ちて」ゴーギャンを観察する。ゴーギャンは「この実に賢く愛らしいときもあれば、実に狂おしく浮薄なときもある」少女からマオリという民族への深い理解を得るのだ。二人は星空を見上げながら、マオリに伝わる神々のことを話し合う。日本の神話と同じく、オセアニアの自然を、いや宇宙を創り上げた壮大な神話がしっかりある。そこにはインドの輪廻の思想も流れ込んでいる。テウラはマオリのオリンポスの神々の名をすべて暗記し、迷信も信じている。

 ゴーギャンは、土着の人々とマオリの心を感じながら暮らすことによって、とりわけテウラと愛し合うことによって、自分の中の年老いた文明人を捨て去り、若返り強い男となっていく自分に感激する。

 いくつか心に残る箇所があった。

1、              マオリの若者とゴーギャンが川の流れを遡りながら木々を掻き分け、歩いているとき、ふとその若者に両性具有の感情を抱いてしまうシーン。未開人が裸で平気なのは、両生間の違いが希薄なためだという。女も男と同じ仕事をこなし、男性的であると同時に男もうちに女性的なものを秘めている。だから男と女は恋人になると同じく友人にもなる。青年の後姿を見ながら、ゴーギャンは一瞬女性になりたいと思うのだ。

2、              ゴーギャンが一人出かけて帰ってくると、真っ暗な中に取り残されたテウラが目を見開き震えていたときのこと。彼は彼女をこのうえなく美しいと感じ、「死霊はみている」という絵に残している。

3、              ある日、テウラと数人の友達、そしてゴーギャンはマッラアの洞窟へ出かける。洞窟の中には冷たい水がずっと彼方まで続いている。先のほうへ行こうと提案するが誰もついて来ず、ゴーギャンはひとりその大鰻がいるという棚のほうへ内心恐怖にかられながら、それでも意地で泳ぎ続ける。テウラが遠くで「戻ってー」と声をかける。この頃、ゴーギャンは「生きるのは楽しい」と書いている。

4、              島々に暮らす多くの原始民族にあっては、人口が増えることは、即飢餓につながる。昔人食いの風習が起きたという苦い経験から、その神話に伝わるとおり、第一子は生き延びるが第2子以下は赤子のときに人身御供に捧げられるという。そのような厳しい掟によって種族の保存を図ってきたのだとか・・・。

5、              ゴーギャンは土地の人々と一緒にマグロ漁に出る。(彼は昔船乗りだった)ゴーギャンの投げた針はマグロの下あごにひっかかり2匹も獲れた。しかし皆が変な笑い方をする。あとで問いただすと下あごにひっかかったら、妻が浮気をしていることを意味するのだと言われ、帰ってきてテウラに問いただす。彼女はおだやかにドアを閉めに行き、やがて大きな声で祈り始める。その夜のゴーギャンとテウラ・・・・。

 ゴーギャンは、2年たってフランスに帰国する。「NOA NOA」(香しい匂い)というタイトルのとおり、ここには、彼のタヒチでの楽しい生活があり、幸せな時間を過ごした様子が読み取れる。土着の人々と暮らし、心を通わせ、マオリの生き方に心惹かれ、彼らの持つ宗教や思想のすばらしさ、深さに感動している。そして彼はその中に自分がタヒチに来てつかもうとしている主題を確信する。ここでは50枚の作品を描いたようだ。しかし、ゴーギャンの絵が深みを増してくるのは、第二次タヒチ滞在からだ。もう少し知りたくなった。今度は伝記を探してこよう。

| | コメント (2)

「路傍の石」  (Kamichan)

31080492

 2009・6・20

  山本有三記念館へ行ってから、「路傍の石」をまた読みたくなり図書館へ行った。
すると、児童図書の場所には一冊もなく、コンピューターで検索してみるとなんと書庫にあるという。最近の子はもう読まないのだろう。20分もたって係の人が出してきてくれた本は偕成社文庫のと、もう一つかなり古く黄色くなっていた。
もうそんなに古いものなのだと実感した。

 「路傍の石」、道端の石っころ、という題名は何を表しているのか。主人公愛川吾一のことだろうか。この物語は、はじめ「朝日新聞」に連載され、その後雑誌「主婦之友」に書き改められて再び連載された。昭和13年から15年にかけてであった。今からおよそ70年前のことである。しかも物語はそれよりもっと前の明治時代を舞台にしているので、現代の子どもたちには到底理解できない内容が書かれてある。最近の子はこのような本は手に取らないのだろうか。
 はかまをはいて学校に通い、銅貨一枚で焼き芋が買えた時代、小づかいは貯金箱にためるような真面目な吾一は、我慢強く、勉強のできる優秀な子だった。しかし父は裁判にかまけて家を顧みず、母が針仕事で家計を支えるような貧しい家に育ち、中学へ入って勉強したいという望みは絶たれてしまう。自分でためた貯金も父親に盗られてしまい、呉服屋に奉公に出る。

 子どもの頃に読んだだけなので、内容はうろ覚えだったが、たった一場面強烈に印象に残っていたのが、鉄橋のまくら木にぶら下がるところだった。なぜぶら下がることになったのかは、忘れてしまっていた。しかし向こう見ずで、言ったら最後引くことのできない吾一の性格は最近ではなかなか類を見ないものだと、おもしろく読み進めた。
 また、小学校の恩師との別れと再会が劇的に描かれていたのが興味深かった。「吾一という名前はいい名だ。われ一人しかいないという名を誇りに思え」と教えてくれた先生は、再会した時にも「貴様は前途ある人間だ。しっかりやらなくちゃいかん。吾一って名前に対して、恥ずかしくないように生きよ。」と励ました。そして大きく成長していく吾一の姿を思い浮かべながら、この物語は終わる。

 読み終えて、作者は「吾一は世の中のすみっこで生きる『路傍の石』ではあるが、その名の通りただ一人、かけがえのない人間の生き方」を表したかったのだと思った。 
 久々に子どもの頃の懐かしい本を読むのもいいものだった。

| | コメント (2)

芭蕉の恋句    (Non)

0091370_2 2009・3・11

 東 明雅 著 〔岩波新書〕

前回の句会の折、○さんが「短歌には恋の歌が多いけれど、俳句にはあまりないですね。」と言われた。私も以前からそんなことを考えていて、(でもまどかさんの俳句にはけっこうあったなあ。)リサイクル図書をもらいに行った時この本のタイトルが気になって、すぐ手にとった。なんだか忙しい日が続き、なかなか読めなかったのだが、最近やっと読むことができた。まず、本の扉に書かれている文章が興味をそそる。

「閑寂の詩人と呼ばれる芭蕉は、同時に恋の句を数多く残した濃艶の詩人でもあった。・・・・・・」

 ただし、我々が今「俳句」といっているのは「俳諧連歌」の発句のことで、芭蕉は発句よりも連句〔俳諧〕に自信を有していたというわけで、この本に出てくる芭蕉の恋句はすべて、連句のことである。著者は、芭蕉が晩年近くに出かけた旅「奥の細道」〔1689年3月から約半年〕においてさえ、たくさんの恋句を作っていることを挙げ、その後芭蕉の恋句を

1、貞享時代

2、元禄元年・二年

3、元禄三年

4、元禄四~七年

と時代別に拾い出し、その特徴や変化を見ている。私がおもしろかったところを1,2書き出してみる。

     芭蕉の恋句には、「恋のあわれ」がにじみ出ていた。

同時代の西鶴の「好色五人女」の中で庶民階級の年頃の女性が自分がどんな男にめとられていくのかの不安を抱え、室明神にお願いするという場面がある。西鶴はそこで、「それは違うよ。そんな願いは出雲大社にお願いせよ。」と笑い飛ばしている。そのことを芭蕉は「去来抄」の中で「事は卑俗の上に及ぶとも、懐かしくいひとるべし。」と、批判している。

芭蕉たちが、同じく庶民階級のそんな娘の不安を詠んだ句は、

    黒木ほすべき 谷かげの小屋

    たがよめと 身をやまかせむ 物思い 〔芭蕉〕

    あらのの百合に 泪かけつつ

と、とても美しい。卑俗のことを題材にしても「あわれ」を描くのである。

    「奥の細道」の中で、4月3日那須野、黒羽の翠桃の家で開かれた俳諧

    宮に召されし うき名 はずかし (曽良)

    手枕に ほそき肱(かいな)を さしいれて 〔芭蕉〕

これだけ露骨に閨房における若い女性の肉体を描いていながら、いやらしい感じはみじんもない。その理由はこの句が興味本位に好色的に描かれているわけでなく、やはり恋のあわれを描いているからだ。

  芭蕉は遊里のことを含め、社会のあらゆる面に精通していたようで、それは彼が「俳諧師」として大成した要素の一つでもある。

    餅二かさね えにしそふ帯

    吉原の土手に 子日(ねのひ)の松ひかん (芭蕉)

遊里の題材を取り上げる場合、その取り上げ方が極めてあざやかで洗練されている。

    俳諧の中では、源氏物語など王朝文学の場面から心情を推察した句がつくられたりもした。

    足駄はかせぬ 雨のあけぼの    (越人)

    きぬぎぬの あまりかぼそく あてやかに (芭蕉)

    風ひきたまふ こゑのうつくし   (越人)

(現代語訳と解説)

後朝(きぬぎぬ)の別れに女君があまりにもかぼそく、またあてやかであるのに惹かされて男は降る雨の中を帰る足駄をはくことができない。風は風邪で、前句の「あまりかぼそく」から病体を付けたのである。前句だけでもその女性が高貴の女性らしい表現として十分であるが、この付句の「風ひきたまふ」という鄭重な表現によってますます王朝物語の中の姫君となる。〔中略〕後朝の別れに男は風邪をひかれたかぼそくあてやかな姫君の体を気遣い、その初めて聞く風邪声に以外な魅力、抱きしめたいようないとしさを感じるのである。芭蕉の恋句の付合の中でも最も艶美なものの一つであろう。

   起きもせで きき知る匂ひ おそろしき  〔東睡〕

   乱れて鬢の 汗ぬぐい居る      (芭蕉)

「阿羅野」時代の芭蕉の恋句の多くは、濃厚な王朝文学の影響のもとにある浪漫的な香気の高いもの。

  その他

   さまざまに 品かはりたる 恋をして  (凡兆)

   浮世の果ては 皆小町なり 〔芭蕉〕

   人生無常 ・・・一切象徴。 芭蕉の恋句は最晩年になると少なくなり、「軽み」にその冴えを発揮するようになった。

「俳句」という語には、親しみがあっても「俳諧」というのは、文学史の中の一語に過ぎなかったが、この本には「俳諧」がどのような約束に基づいてどのように展開されるものなのかもわかりやすく解説されている。我々にとって遠い巨星のような芭蕉にちょっと親近感も持て、さらにその才能の豊かさに驚かされる一冊である。08_022

  

| | コメント (2)

リサイクル図書争奪戦?

2008・11・10

Nakagawa_085_2 

以前書いた地域文庫は、順調に活動している。月2回の貸出日には、そんなに多くはないが、いろんな年齢層の人が来てくれる。本を寄贈してくれる人もぼちぼちで、蔵書もかなり増えてきた。毎月出される「文庫だより」は新刊紹介、投稿による「私の一冊」映画や音楽の鑑賞コメントなど、充実している。

先日、市の図書館が本をくれるという情報が入り、4人で、大きなボストンバッグを持って中央図書館に出かけた。10時からということだったが、早く行こうと9時に出発、9時15分には、到着した。しかし、我々よりも早く来て並んでいる人が20人くらいいた。列はみるみる長くなり、図書館の入り口から歩道の方に人があふれ、すぐに100人くらいになった。歩道に人が多くてはという配慮から9時半すぎに開館し、リサイクル図書の並べてある地下の大部屋に向かう階段まで入れてくれた。

配られたプリントには、本がどのように並べられているかの配置図や、雑誌の種類などが記されていた。私たちは

「あなたは、小説、随筆と海外文学ね。あなたは、児童図書、あなたは、歴史、科学のところ、そして私は家事、育児を先にみましょう。」

と手際のいいAさんの案で決めて入室を待った。さすが図書館、10時きっかりまで入れてくれず、時報とともに「お待たせしました~先に50番まで入室していただきます。」と誘導してくれた。手に手に大きな袋をさげた人たち(我々も!)が駆け込むように部屋に入った。

私が一番に行ったのは、雑誌、「俳句」や「俳壇」が置かれているコーナー。今、みんなで俳句の勉強をはじめようとしているところなので、いいかなあ・・・と思ったのだ。

雑誌はきれいに1月号から12月号まで揃えておいてあった。私が、「これ、みんな、もらっちゃ悪いなあ・・・でも、何月号がいいのか・・・」と迷っていると、あとからきた人が「私、これ、ねらっていたのよ!」と「俳句」「俳壇」の24冊を抱え込んだ。すると

その後ろから、男性が「わたしも、これ、ほしいんですよ。ひとりで両方もらうなんて、一組、譲ってくださいよ。」と言った。「じゃあ、私は俳句、あなたは俳壇、いいでしょ」とさっさと袋に入れてしまった。男性も俳壇をごっそり。とほほ・・・あとに残ったのは「短歌」でもなあ・・・。結局何もとれず、今度は文学のコーナーに行くと、そこには、「俳句入門」「四季の俳句」「旅と俳句」「芭蕉の恋句」など俳句に関連する単行本が結構あった。私は今度はいきおいよく、それらをボストンバッグに入れて行った。小説や、随筆、また仏像や空海、最澄の本など読みたかった本もけっこうあって、ボストンバッグはみるみるいっぱいになった。もう持ち歩けないくらい重い。

みんなそれぞれ自分が読みたいと思った本を中心に選んだけれど、バッグ4つは満杯になり、駐車場まで、よたよたしながら運んでいった。

家の本箱は2回にわたって整理し、思い切って本を捨てたのに、展示場に入ったら読みたい本がいっぱいあった。またしばらく楽しめそうだ。

| | コメント (4)

「幻の朱い実」 石井桃子

2008・9・5

18950739

うさこさんが貸してくださったこの本は研究社の英和辞書ほどの厚さが、上下巻。

「わあ、最後まで読みきれるかなあ・・・」という思いでスタートした。

散歩の途中、美しい烏瓜に魅せられて迷い込んだ家で、女子大の先輩、美人で才気あふれ、様々な噂のあった大津蕗子と主人公明子が出会うところから物語は始まる。場所は荻窪だが、もう70年以上前、林や畑の多いのどかな土地だ。明子と蕗子は違った性格だが、いろいろ語り合ううちに、お互いに心惹かれ、夏を千葉の漁村で一緒に過ごすまでになる。第一部は明子の周囲の人々や、男性観、蕗子とのやりとりが語られ、そんなに物語の展開に変化はないのだが、筋道だった情景描写、心理描写に場面がくっきりとイメージでき、なんとなく読み進んでしまう。明子の夫になる節夫が登場してくるあたりから、どんどん引き込まれ、スピード・アップ。

明子が結婚してからも二人の友情は続き、やがて蕗子は結核でなくなってしまう。第3部では明子はもう70を過ぎたおばあさんとして登場し、そこであんなに何でも話し合った蕗子の大きな秘密を発見するという展開だ。

この作品は石井桃子さんの実体験に基づいて書かれた小説らしい。蕗子のモデルは文芸春秋社の編集者だった小里文子さん、病床の彼女に「熊のぷーさん」のお話を読んで聞かせてあげたことも事実のようだ。石井さんの中には、文子さんが強く鮮やかにいつまでも残っていた。石井さんは、このテーマをずっとあたためておられ、80歳をすぎて7年もかかって書き下ろされたという。お互いに、何の気兼ねもせず、ものが言え、心から相手の気持を思いやることができる、そんな友だちにめぐり合えることは、めったにない。物語の中で、特に病床についてからの蕗子は、明子の来るのを心待ちにし、来ないと非難し、いろいろと難しい注文をつけるわがままな女性のように思える。明子は献身的に蕗子につくす一方のように感じていたが、蕗子は死後も、ずっと何十年も明子の心の中に生き続け、明子の生き方を叱咤激励し、元気づけたのだ。そして、最後の場面で「葉子(明子の娘)、大津さんの烏瓜ね、この千倍も万倍も美しかった!・・・・あなたに見せたかった、そういうものも、この世にあるんだってこと!」と明子に言わせる。葉子も言う。「あたしたちには、もう、そういう友だちはつくれない・・・」ちょっとうらやましいような関係だ。

夫の節夫も明子が「大津さん、大津さん」と夢中なのをちょっと快く思っていなかったふしもあるし、娘の葉子も「パパやあたしたちのことも忘れないで。」と釘をさしている。でも、明子には、短い時間であったからこそ、蕗子との深い友情が「幻の朱い実」として美しくいつまでも残ったのだと思える。

下巻の最後まで読み終え、また上巻に戻って二人の出会いをもう一度確認したくなる作品だ。

| | コメント (0)

贅沢なお休み (Kamichan)

2008・8・17

Hon_2 

夏休みとなると図書館通いを始める。クーラーの温度もちょうどよく、
静かで落ち着いた雰囲気がいい。
館内中が本の虫のような人ばかり。
しかし夏休みはちょっと様子が違う。
「学校で100冊読もうという宿題が出てるので...」
「読書感想文を書かなくちゃならない。」
そばでお母さんが夢中に指示している。自由研究の題材はどうしようか...とか。

子ども向けの本が並んでいる椅子には、おばあちゃんと孫が絵本を読んでいる。
「あんまり暑いので、ここがいい場所だから来たのよ。」と、御近所の方とお会いしたのか話している。
妹にとても上手に読み聞かせをしている子がいる。これは1年生くらいなのに感心。

私は子どもの本を読みあさる。ふだん読みたいと思っている本を一気に読む。
特に、武蔵野市の昭和42年から続いてる、3年生対象の「読書動機づけ指導」の30冊には必ず目を通している。コーナーが設けられていて、「児童席」と書いてあるところを陣取る。

本を選定している講師の方のお名前を見ると、最初からずっと変わらない。元○○小学校教諭、科学読物研究会・日本子どもの本研究会会員・紙芝居文化の会運営委委員などそうそうたるメンバーの先生方、御自分の著書も有名な方々だ。学校・講師・図書館が一体となって毎年選定した本は、多彩で無理なく空想の世界にひたれ、生活経験が豊かになれる子どもの読書能力を考慮されている。またいろいろな興味に対応できるよう、物語・絵本・ノンフィクション・詩・科学の読み物まで幅広く選定されている。

私は毎年必ず全部に目を通し、楽しんでいる。中には、心から感動する本がたくさんある。武蔵野市の3年生がうらやましい。読み切れないと、借りてくる。
さて今年はなんさつ読めるかな?
もう3日も通った。
図書館の目の前に素敵なケーキ屋さんがある。
ちょっとお茶を飲みたくなって、コーヒーとケーキでブレイクタイム。
何とも贅沢な一日になりそう。

| | コメント (0)

地域文庫開設

2008・6・27

Hon_003_2 

地域で文庫を開設したいという人がいて、数ヶ月前からお手伝いをしている。その方は少し私より先輩、ご主人が研究者で(もう亡くなられたのだが・・・)ご自身も江戸時代の風俗、文化を専門とする仕事についておられ、蔵書がたくさんあるのだ。その方の本が300冊ほど、さらに本を寄贈してくださる方が出てきて、現在、約700冊の本が集まっている。それらの本をパソコンで管理し、貸し出しを行うために、「蔵書管理」というソフトを活用することになった。詳しい方に教えていただきながら、「書名」「著者名」「出版社」「出版年度」「分類」「寄贈者名」・・・などを打ち込んでいく。なかなか手間のかかる仕事だ。でも、これで本の紛失はかなり防げるし、一覧表なども打ち出せて、それを見て読みたい本を探すこともできる。

準備の仕事は4人でやっているが、けっこうおもしろい。特に寄贈本をいただきにそのお宅に伺い、かなり高齢の方の人生体験などお聞きするのは、興味深い。

すぐご近所だけど、たまにしか見かけず、話をしたこともなかった方から本を寄贈するから取りにきてほしいと連絡があって出かけた。もうお年は90歳くらい。早速伺うと書斎にびっしり本が並んでいる。Y氏は、「もう本は読まないからどれでも持っていってください。」と言われた。「カント」「ハイデッガー全集」「ツァラトストラかく語りき」「西田幾多郎」・・・と難しそうな哲学書がずらり・・・私が(文庫に並べてもこんなの借りて行く人がいるかなあ・・・)と内心、思っていると相棒が「脚立貸していただけますか?」と言ってそれに載り、それらの本の間にあった「中東の食文化」「西洋首都めぐり」「ドイツ人気質」といったような本をさっさと抜き始めた。よく見ると短歌集や旅行記風な本もけっこうあった。

Y氏は民放の海外駐在員をしておられたとか、中東、ドイツなどに長く滞在され、娘さんはドイツの方と結婚されたらしい。山のない中東の砂漠の夕日が実にきれいだった・・・と目をほそめ、懐かしそうに語られた。

私たちは40冊ほど本をいただき、帰ってきた。相棒が「ふふ、もっとよく探すと、値打ちのある本がありそう。もっと持って帰ってくれと言っておられたから、また行きましょう。」と言った。私は古書の値打ちなどわからないのだが、先日キルケゴールの絶版文庫本をネットの古本屋さんで買ったら、1953年版100円の本が450円だった。そうなんだ・・・・。

数日後、手作りケーキをお礼に持って行ったら、とても喜んでくださり、また伺うことができそうな雰囲気だった。

また獣医さんだったというしゃべるとほんとうにぶっきらぼうで近づき難い感じの方が寄贈してくださった本はシェクスピア、スタインベック、ヘミングウエイ、ボードレール、司馬遼太郎、太宰治、夏目漱石、三島由紀夫、井上靖、渡辺淳一、三浦綾子、曽野綾子、芝木好子・・・などほとんどが文学書で、私が読んだ本もたくさんあった。そしてそれらの本には、ご自分の名前と日付がサインされていて、ときには、「仙台出張のおり」とか書かれていた。それ以来あの近づき難い人物はにわかに近い人に思えてきたのだ。不思議・・・・。

いよいよ7月から文庫開き。ポスターも張り出した。たくさん借りに来てくれるといいのだが・・・。

| | コメント (6)

「1ポンドの悲しみ」(石田衣良)

2008・4.20

Hp30_4   

世の中に本はあふれているので、自分が生きている間に読めるものは、そのほんの一部に過ぎない。だから、最近は本当に読みたいと思うもの以外は手にしない。小説も若い作家のものは、あまり読まない。自分はもう彼らが生きている世界とは、少し離れたところにいるような気がするし、その心意気を理解できないだろうと思うからだ。でも、この間テレビを見ていて石田衣良さんという作家が「私は小説を書くとき、必ず音楽をかけています。今、夢中になっているのは、バッハの音楽・・・その音楽を聴いていると、文章がどんどん湧き出てくるのです。」と話しておられたのが心に残った。バッハの音楽を聴いて湧き出てくる文章とは、どんなものだろう?という興味が、店頭に並んでいた彼の小説「1ポンドの悲しみ」を買った理由だ。

 これは大体30代前後の人たちを主人公にした恋愛小説だ。
冒頭の「ふたりの名前」は、なかなか結婚に踏み切れず、いつ別れてもいいようにと購入したものには、それぞれのイニシャルを書きながら、同棲している男女の話。ある日友人から子猫をもらうが、この猫は心臓に穴があいているという障害を持っていた。手術をすれば、助かるかもしれない。女が一度ひざに抱いた子猫の体温が忘れられず、手術をしてやりたいと望んでいるのを感じて、男は、夏の旅行の費用にと思っていたお金で手術をすることを提案する。二人は、この小さな子猫の生死を廻る選択を通して、共通の価値観に気づき、お互いへの信頼を深めていくのだ。

 こういうことは、私の人生にも何度かあった。相手が一つの事件、出来事に対処するとき、どんな態度をとるかによって、信頼感が生まれたり、また失望したり・・・。

うん、これはなかなかいい小説だ。人間へのまなざしが温かい。そう思って読み進む。

 三つめの「十一月のつぼみ」はまたとてもよかった。これは結婚して7・8年もたち、お互いに昔の甘い感情もなくなって、毎日の仕事や育児に追われ、なんだか自分が乾いていくようなあせりを感じている年代の女性の話。主人公英恵は花屋さんにパートとして働いているが、そこに現れたのが7歳年下の端整な青年サラリーマン芹沢。彼は毎週土曜日になると、英恵のアレンジする花束を買いに来る。半年ほどたって、初めて買っていった花束が恋人との別れの花束で、その後毎週買い求めた花束は英恵に会うためだったことを知る。そしてある日、一重咲きのバラの花束を贈られ、英恵の胸はときめく。メッセ-ジカードには「明日、午後2時に井の頭公園のボート乗り場に近い入り口で待っています。30分待ってもきてもらえなければあきらめます。」と書かれていた。翌日・・・最後のほうは、「英恵は咲かせることのできなかった白いつぼみを一輪胸の奥に抱えて、階段をゆっくりとのぼった。・・・・・・・・・・・・」ふふふ、こういう話は大好きだ。英恵も青年も素敵だし、それに舞台がよく知っている吉祥寺。井の頭公園が急にロマンチックな場所になった。()

「スローガール」というのもよかった。これは、毎晩、南青山のEXPECTATIONというバーで、ガールハントをくりかえす若者、慶司が主人公だ。彼は同じ相手とずっとセックスをし、おまけに経済的なお荷物を抱え込む結婚なんてまっぴらと考えている男なのだ。そこでボランティアの人に紹介されて来たという笑顔の思いっきり明るい少女に出会う。周囲の者は「あの女はやめておけ。」というが、近づいて話してみると、これまた思いっきりスローな女だった。慶司はその「信頼や善意だけを蒸留したようなまじりけのない笑い」に心惹かれ、こういう場所に出入りしないようにと忠告する。しかし少女は「ほんとうの・・・・お友達を・・・・探している・・・やっと・・・あえたのに・・」という。タクシーで彼女を送っていって会った母親もやはり疑いを抱かない純粋な人だった。慶司は考える。『「セックスでしか女性と出会えなかった自分と、一度も男性とつきあったことのない美咲。以外と似合いのふたりかもしれない。」獲物が一つもかからずにてぶらで帰る土曜日の夜、それがこれほど満ち足りているのが、慶司にはひどく不思議だった。』

 表題の「1ポンドの悲しみ」はこんな体験はないので、よくわからない。ちょっとエロチック。これはバッハじゃ、書けないな。(笑)

 とにかく全編を通じて、肯定的な人間観、恋愛感情、ちょっとほっとする感じで、自分の感覚、価値観とそんなにずれてはいないことに、かえって驚きを感じた。また別の作品を読んでみよう。

Agyor

| | コメント (4)