音楽

IL DIVO (Kamichan)

2009・9・19

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日本公演が終わりました。
武道館コンサートに、ついに2回も聞きに行ってしまいました。
5年前に結成されたこのイタリア語のフレーズ「神のような男性パフォーマー」
から名をつけた IL DIVO(イル・ディーボ)は、スペイン・スイス・アメリカ・フランス
とそれぞれ違った国の歌手が集まってできました。3人は本格的にクラシック音楽を学び、また一人は独学でポップスの歌手となったメンバーです。3大テノールの荘厳なオペラ的ボーカルをよりポップな音楽に用いて、素晴らしい迫力あるハーモニーを生み出しました。
歌っている曲は、イタリア語・スペイン語・英語などですが、「MY WAY]なども英語では
ないので、また違った雰囲気があります。
アメリカのDavidは日本びいきで、日本語がとても上手。早口で感謝の言葉をしゃべりまくり。メンバーの自己紹介も日本語で。
あっという間に世界を魅了したIL DIVOがさらに飛躍して、永遠に歌い続けてくれることを
望みます。そしてまた来日してほしいです。
気になる方はYou tubeで聴いてみてください。

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いい音だったなあ・・・

2009・7・9

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 先日「暑気払いをしよう!」と友から声がかかり、久しぶりに仲良し4人が集まるはずだったのだが・・・ひとり、前日に捻挫!残念ながらちょっと淋しい・・(誰か一人がいないとなんだか物足りない・・・)宴会になってしまった。なにしろ一番の酒豪が欠けたのだから。()

でも、ごちそうはいつものとおり、手早くおいしいお料理がたっぷり、お酒も全国のさまざまな銘柄のものが揃い、あれこれ飲み比べながら、次第に心地よい酔いがまわってきた。私たちはふだんあまり話さないような、それぞれの心の内などぽろりぽろりと出しながら、こんなことを話せる友を持って幸せだなあ・・・と感じていた。

「みんな、いろんな思いを抱えて生きて来たんやなあ・・・」

 友人のご主人は、音楽大好きの方で、ご自分でもたくさん作曲をされている。CDの音よりレコードの音が好きと大きなスピーカーに接続した懐かしいレコードプレーヤーが置かれている。レコードは中世の音楽に始まり、バッハまでだけで100枚以上、それから年代順にずらっと大きな棚2段にぎっしりに並べられている。今まで何回もお邪魔しているが、CDでなくレコードを聴かせていただくのは、初めてだ。

 うちは息子の部屋にステレオはあるが、音楽は自分の部屋で聴かないと落ち着かない。だから私は、いつも大きな音で音楽を聴きたいときは、ちょっと音がいいICレコーダー(今年の春、こだわりおやじ用としてオリンパスから発売されたステレオのICレコーダー)で聴いている。たまたまそれを持っていたので、「この音はどうですか?」と聴いてもらった。ご主人は「いいけど、まだ音が硬いね。」と言われたので、レコードの音を聴かせてもらうことになったのだ。

 レコード針を置く音がなんか懐かしい。グレン・グールドが最初に録音した「ゴールドベルグ変奏曲」。レコードのジャケット、解説書には若いグールドが少しニヒルな雰囲気ではにかんでいた。日本語版解説はホロビッツの演奏を「壊れた骨董品」と評したあの吉田秀和さんだ。「わあ・・・ほんとうにいい音だなあ・・・小さな雑音もなんかグールドがその辺にいてピアノを弾いているような、臨場感を漂わせていた。ふ・・・ん、これがグールドを一躍有名なピアニストにしたというレコードなんだあ・・・。やっぱり雰囲気のある演奏だ。バッハはカンタータがたくさん・・・とおっしゃっていたが、お酒もいただいていることゆえ、管弦楽組曲にした。レコードのいい音をBGMに私たちは夜が更けるまでいろんな話をした。

 ご主人は若い頃から月給をもらうと必ずレコードを一枚・・・というようにして蒐集されたとか。でも、このレコードをみんな聴かせていただくには、もう50年寿命をのばしてもらわないと無理だあ。

おいしいお酒とお料理、そして美しい音楽・・・とっても幸せな夜だった。感謝・・・。

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夜更かし その1「テンペスト」 (Non)

2009・5・11

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気候もよくなってきたせいか、お風呂からあがり、ちょっとPCの前にくると、ついついそのまま1,2時間が過ぎてしまう。最近夢中になっているのが、You Tubeでいろいろな人の演奏を聴くことだ。

ちょっと前まではイーヴォ・ポゴレリッチ(Ivo Pogorelich)。「エリーゼのために」を美しく弾いている人を探していたら、彼にいきあたった。彼は、昔、ショパンコンクールに出場したとき、あまり個性的な解釈だったので、入賞できなかったのだが、聴衆がブーイング、特別に彼の演奏会が開かれたというユーゴースラビアのピアニストだった。私はそのニュースを聞いたのをよく覚えているが、それがこの人だったと初めて知った。そして興味がわき、たくさんの演奏を聴いて回った。

今は亡き、名ピアニストの演奏もたくさんある。先日は、Claudio Arrau、そして、今夜はWilhelm Kempffのベートーヴェンだ。ケンプは、バッハのCDや楽譜で以前から知っていたが、とても好きなピアニストだ。彼の演奏は何度聴いてもあきるということがない。素朴で端整ではあるが、温かみがあって、きっと人間としても素敵な人だったに違いない・・・そんな人柄というか、品格というか、そんなものを感じさせる音楽だ。

文学作品は作者の手を離れると、あとは各人がそれぞれそこから感じるものを自由に読み取る。絵画もそうだ。でも音楽は作曲家が楽譜(記号)で残してくれたものを演奏家が各自の感性と演奏技術によって表現し、それを聴く者がまたさまざま感じ取るということになる。二つの芸術家を経由する不思議なシステムだ。Nakagawa_122

You Tubeには、コメントがたくさんはいっているが、ほとんどが英語。でも、話し言葉風なので、ところどころ辞書をひけば、私にも理解できる。ケンプのテンペスト第3楽章のところに、とても興味深いコメントが続いていて思わず夢中ではいりこんでしまった。 

The expressions on his face are incredibly distinct. The way he looks to "nothing" is very odd. He looks a bit dazzled, completely in to his piece. I think Kempff is the best performer of Beethoven. You can hear he plays this piece with a lot of feeling. I heard a lot of interpretations of Tempest Sonata but I think this one is the best.

確かにテンペストを弾いているケンプは音楽の世界に入り込んでいるといった感じだ。

I agree with Readytorock. I love Kempff's Beethoven (and always have) and think he is probably the best performer for this music.

i prefer Kempff's version over Gould's...I think it has more feeling and much richer....but that's just my personal opinion... (^__^)V

と賛成者が現われる。でも、グレン・グールドのテンペストがいいという人も出てきた。

ケンプが7分で演奏しているものをグールドは4分42秒で演奏している。さらにケンプ派のコメントが続く。

I do not see how you an say that. Gould is like a robot, focused on hitting the notes as fast as possible, not caring what the piece sounds like.
Kempff takes this piece and plays it with a heart-felt and rich sound, surpassing Gould. Gould can hit the notes fast. Kempff can play the notes and add a wonderful sound that transforms the notes into a unique melody of beauty, something that Gould did not accomplish.

I don't think you can compare Gould with Kempff.
Kempff was maybe the greatest pianist of the 20th century.
Gould was an unfortunate mishap in the history of music, who thought playing a piece fast made it good, and that music should sound as if it was being played by a robot. The man ruined an entire generation of pianists. Pity.

ふふふ、グールドの演奏はロボットみたいだって?!!そういえば、Moonlight の第一楽章もすごいスピードで弾いていたっけ。だから音楽の気持ちの中に入り込めなかった・・・。彼のバッハはものすごく素敵なのになあ。

でも、グールド派も負けてはいない。彼のように表現できるテクニックをもったピアニストの出現で、ベートーヴェンの世界はより豊かに印象づけられたとがんばる。

I still think Glenn Gould was a better pianist

I love Gould's personal approach to musical works that already have an established way of being played. He does things his way, AND MAKES THEM WORK!

Beethoven's genius with harmony and style are accentuated by Gould's technique.

This interpretation brings up the "Tempest" into the scene. I used to listen other interpreters play this piece (like Arrau) and I could tell It was always there, but Gould makes it stronger with this faster tempo. It is like a hurricane with furious winds and lightning strikes now.
Truly amazing

話はテンペストという表題におよんだり、メトロノームはベートンヴェンの時代にもあったはず・・・と楽曲の演奏スピードにおよんだり、延々と続く。でも、そのうち対立する両者をとりもつ意見が出てくる。

you can´t compare this version and the kempff version
they are too different
gould is playing it very fast an 'tempestlike'
and kempff is playing it slow and like a fresh wind
both versions are played with some sort of perfection i think

う・ううん、とってもおもしろい!Nakagawa_125

私もグールドのテンペストとケンプのを聴き比べてみる。またリヒターやフジコさんのテンペストも聴いてみる。それから家にあったバックハウスとMJ ビリスのCDも引っぱり出して聴いてみた。バックハウスもすごい。ビリスの音も美しい。でも私はやっぱりケンプのが好きだなあ。リヒターのは、これがシエクスピアの「テンペスト」だとしたらプロスペローの怒りが前面に出された、嵐!嵐!って感じだし、グールドのは、確かに高い技術ですばらしい演奏ではあるけれど、この音楽の世界を一番楽しませてくれるのはケンプだ。高音の澄んだ音色と低音の迫力のめりはり、流れるような心地よいリズム、的確なアクセント・・・そして何より聴いていて惹きこまれてしまう音楽だ。

あ、今夜も1時近くになってしまった。(笑)

Beethoven's Tempest Sonata mvt. 3 -- Wilhelm Kempff

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クラウディオ・アラウ「ショパンのワルツ」(Non)

2009・5・1

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ショパンのピアノ曲は難しくて私などのレベルでは弾きこなせない。でも、ワルツの中には、弾けそうな曲が何曲かあるので、この際、みんなよく聴いてみようと、全曲集というのを探していた。遠くに出かける時間がなく、近くの山野楽器に行った。フジコさんのがあったらいいなあと思っていたけど、今持っているCDにあるワルツ7番はあるけれど、全曲集はなく、ちょっと昔のピアニスト、ルービンシュタインの14曲とクラウディオ・アラウの全曲集19曲が見つかった。

ルービンシュタインのショパンは学生時代から聴いていた。あの頃、彼がショパンのピアノ協奏曲を録音したものが大フィーバーして、「ショパンはルービンシュタイン」というのが定着したのだそうだ。彼の高い技術に基づく落ち着いた繊細な演奏も素敵で、その後何枚かルービンシュタインのレコードやCDを買った。

233クラウディオ・アラウというピアニストは、申し訳ないけれど、今まで知らなかった。チリ生まれの人で、5歳で初リサイタル、11歳にはベルリンに留学してデビュー、その後ヨーロッパで活躍、ジュネーブ国際コンクールで優勝、さらにアメリカに渡り人気を博したピアニストだそうだ。リストの高弟、マルティン・クラウゼの愛弟子で、20世紀屈指のピアニストと言われ、日本にも6回も来られていたようだ。ベートーベンやブラームスで高い評価を得、88歳で亡くなるまで現役で活躍されたとか。(何も知らなくてすみません。)

 はじめに彼のワルツを聴いたとき、ところどころとてもオーバーな表現で、「むむ・・これはとっても個性的な演奏だなあ・・」と思った。しばらくは、同じ曲をルービンシュタイン、アラウと聴き比べていた。一週間ほど聴いていると、だんだんアラウの演奏の方が楽しくなってきた。身体が自然に動いてしまうような躍動感があって、明るい曲は晴れやかで、暗く寂しい感じの曲はまたそれをぐんと強調しているように聞こえてくる。なにより、ゆったりとして伸びやかな感じの中に引き締まる部分があり、一曲一曲が印象に残る感じがする。You Tubeで彼の演奏をいろいろ聴いてみた。00028940002526_170 やっぱりブラームスのピアノコンチェルトはすばらしく、観客が総立ちで拍手を送っている。ワルツのジャケットのクラウは40代くらいでひきしまった美男子だけれど、晩年のクラウはかなりボリュームのある体格だ。でも、ピアノの演奏スタイルはあまりかわらず、おおらかで大胆、でもどこかしみじみする感じもある。

最近は毎晩、寝る前に彼のワルツを聴いている。

Claudio Arrau

http://www.youtube.com/watch?v=akc0v_KTZBM

ベートーベン ピアノコンチェルト 

http://www.youtube.com/watch?v=PEyEw-8Kuv8

ショパン ノクターン No 20

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サラ・ブライトマンのコンサート (Non)

2009・3・8

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1月末、新聞に「サラ・ブライトマン来日・日本公演」の文字を見て、「わあ、サラがくるんだ・・・」と思っていたら数日後、チケットは完売したとあった。あきらめていたら、友人から「3月5日に追加公演をするそうよ。すぐネットで申し込んで!」と電話があった。チケットをネットで申し込むのは、一昨年の第九以来。ちょっと慌ててアクセスし、すぐセブンイレブンに走った。ふう、とれた・・。

当日、日本武道館には1時間前に到着。ロビーで持ってきたおにぎりをほおばり、「ふふ、私たち、全く高校生の頃にもどったみたいね。」と笑いがこみ上げてくる。

この会場の収容人数は15000人というから、ふだんとちょっと勝手が違う。会場には、ずらっと座席がならび、もうかなりの人が入っていた。私たちの席はアリーナでせり出した舞台からほんの6,7メートルという嬉しい席だった。アリーナ、1階、2階とびっしりの人で、それも老若男女、サラのファン層の厚さが伺えた。

いよいよコンサートが始まった。地味な茶色のドレスをまとい黒いベールをかぶった老婆がよろよろと登場してきた・・・と思ったらダンサーがさっとドレスとベールをはがす。中から白い肌の豊満な胸を強調した真紅のドレスのサラが現われ、にっこり!いつもCDのカバーや写真で見るサラは笑っていないので、初めて見る可愛い笑顔だった。

最初の歌は「ゴシックの夢―嘆きの天使」そしてファイナルコンサートへようこそ・・・ソロシンガーとしてスタートしてもう20年が経ちました。こんなにたくさんの皆様にきていただきとても嬉しいです・・・とサラの挨拶が入った。歌声もいいが、はっきりとした力強い声でいい感じだ。(コンバンハだけ日本語であとは英語・笑)

舞台は大きな3Dのスクリーンになっていて、そこにゴシックのお城が映し出された。映像はどんな仕掛けなのか、立体的。サラの優しい、清純な乙女のイメージのきれいなソプラノが響き渡る。次々と私の知らない歌が続いたが、「月の息子」という曲のときは、スクリーンが水の中になり、中央にサラが横たわってそのまわりに8人のダンサーがまるでシンクロのように泳ぎ回る驚くような演出だった。

そしてついに私の知っている曲「サラバンド(ヘンデル)」のダンスに続き、「エニータイムエニーウエア」これはアルビノーニのアダージョのメロディーで、何度も聴いた。うん、すばらしい。

そして今夜はイタリアで人気のテノール歌手アレッサンドロ・サフィーナを迎えて、「The  Phantom Of The Opera」これは、ロンドンで見たミュージカル、でもその時はもうサラではなく、残念だった・・・こうしてサラのを聴けるなんて・・・とても幸せ。テノールもすごい迫力で、二人ともすばらしかった。ブラボー!そしてサラが自転車に乗って走りながら歌う「I’ve been  this way before」この中に友人と一緒に踊った「くるみ割り人形」の「金平糖の踊り」のメロディーが挿入されていて思わず顔を見合わせた。

また、サラが中央の天井から降りてきたブランコに乗ってピンクのながーーーいドレスを揺らしながら歌ったときは、私たちの席にひらひらと赤い花びらが落ちてきて、帽子に留まった。Image_file_url

アンコールでは「ランニング(ジュピター・栄光の輝き)も聴くことができ、聴きたい曲のほとんどが聴けて大満足だった。ちょっとチケットは高いかなと思ったが、「さすが、プロ・・・」と観客を満足させる力量のある、サラとそのスタッフたちだった。これからもクラシカル・クロスオーバーの活躍を続けてほしい。

(写真は、NEWS PHOTOよりお借りしました。)

以前の「サラ・ブライトマン」に関する記事・・・2007・7月音楽の項より

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ウラジミール・ミシュクピアノリサイタル

2008・12・30

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一昨日は次男の嫁と東京オペラシティーにウラジミール・ミシュクというロシアの中堅ピアニスト(1990年チャイコフスキー国際音楽コンクール、ピアノ部門第2位)のリサイタルに出かけた。先月何気なく見ていたチラシが目に留まり、曲目を見て聴いてみたくなったのだ。「展覧会の絵」のほかに、クライスラー(ラフマニノフ編曲)の「愛の悲しみ」「愛の喜び」リストの「ラ・カンパネラ」「ハンガリー狂詩曲」ショパンの「ノクターン20番」「英雄ポロネーズ」など馴染みの曲ばかりで、これらはフジコ・へミングさんのCDでよく聴いているので、ピアニストによってどんなふうに感じが違うのかも興味があった。

定刻になり、ミシュクさんが現われた。黒いソフトなシャツでラフな服装、パンフレットの写真ではわからなかったが、30代後半か、メタボ予備軍といった感じで、嫁と目を合わせ、ニヤリ。そういえば、ウィーンの音楽会でも俳優のように端整な顔立ちのヴァイオリニストのお腹がふくよかに出ていたのを思い出した。

さて「展覧会の絵」が始まった。これはムソルグスキーの友人であった画家ハルトマンの遺作展覧会の中から強い印象を受けた10点の絵を音楽にしたものだそうだ。それらの絵を見て回るそぞろ歩きが「プロムナード」として間に出てくる。これは、とても懐かしい曲だ。中学時代、踊りの大好きな先生が振り付けてくれ、文化祭で踊ったので、特にこの間奏曲はよく憶えている。ミシュクさんの演奏はダイナミックで、迫力があり、ピアノ1台なのに、もう一台ピアノが隠れているのかと思うくらい、まるでオーケストラで聴いているような錯覚が起きた。

小休憩のあと、クライスラーの曲「愛の悲しみ」。これはさっきの演奏とはまるで違い、優しい流れに包まれた。「ラ・カンパネラ」はフジコさんのと1オクターブ違うのではないかと思うほど、高音が耳に残る演奏だった。前者は長年使い慣れた魂にずしんとくる大きな鐘、後者は新しく付け替えられたきれいな鐘といった感じだ。ミシュクさんは技巧派として知られているそうだが、確かに技はすごい。そのあとにこれはまたまた穏やかに心に染み入る曲が流れた。プログラムにはない曲だった。でも聴いたことのあるメロディーだ。

(それはリストの「コンソレーション」だった。)この曲を聴いて、「ああ、今日このコンサートに来てよかったあ・・・」という気持ちになった。

私のもっとも期待していた「ノクターン20番・遺作」はものすごくゆったりとした演奏だった。こんなスローなのを聴いたのは、初めてだ。中村紘子さんのを聴いたときも、「すごいゆっくりだなあ・・・」と思ったけれどそれ以上で、第2部から第3部に移る時など曲が終わったかとおもわせるほど間があった。ふ・・・・・ん、でもあの沈黙に音楽を感じさせるのは、誰にもできることじゃない。「英雄」はやはり迫力に満ちた演奏で、プログラムはうまく構成されているのだと改めて感心した。アンコール曲のドビュッシー「月の光」と「喜びの島」もいい演奏だった。

終了後、結局「コンソレーション」の入っている「リスト名曲集」のCDを買った。ミシュクさんがサインしてくれるというので、大勢が並んでいた。嫁が「お母さん、並ばないのですか?」と言ったので、「友達がいたらのりのりになっちゃうんだけどなあ・・・」と言ったら、「私が荷物、みんな持っててあげるからさあ、並んで!」と私の手は、CDだけになった。嫁は、ヴァンゲンハイムさんのときのことを知っているので、笑いながら待っていてくれた。誰も無口で、ミシュクさんも無表情に機械的にサインしているので、列はどんどん進み、私の番になった。なんか言わなくちゃ・・・

This’ll be my best CD!  Thank you!」本当は、キース・ジャレットのヘンデルがMY BESTかも・・・と思いながらミシュクさんに言った。ミシュクさんは表情を変えなかったように思えたのだが、あとで少し離れたところで見ていた嫁が「お母さん、なにか言ったのですか?ミシュクさんが笑ってましたよ。」と言った。ふふ、ミシュクさんは私の心の中の言葉も聞いたのかも知れない。

帰宅後ネットで調べたらミシュクさんは、ここ数年、日本の全国あちこちのコンサートツアーをしておられるみたいだった。お手ごろの値段でいい音楽が楽しめる。もっと音楽が庶民の楽しみになることはとてもいいことだ。来年は孫も就学児になるので、連れて行きたい。

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病院で聴いたチェロ

2008・11・19

 長年、夫の悩みの種であった腰痛がひどくなり、いよいよ手術を受けることになった。

 手術までいろいろな検査があり、今は手術日を待つ毎日。私も連日病院通いだ。

 入院は初めてではないので、馴れたものなのだが、いつも感じることは、「人間、生きていくのはたいへんだなあ・・」ということ、いや、生老病死というのだから、それは運命なのだけれど、年老いてからの年月が長すぎる。健康で生きられたらいいけれど、大半の人々は、病を抱えながら生きなくてはいけないのだ。でも、病院に来る人々は少しでも健康を取り戻したいと懸命に病と闘っている。またそんな人々を助けようと多くの医師、看護士、療養士さんたちががんばっている。

 先週、病院にいるときに、「ホールで今からコンサートを開くのでおいでください。」とアナウンスが入った。夫が「行ってこい」と言ってくれたので、聴きにでかけた。東京藝術大学の学生さんのチェロとピアノの演奏だった。ホールには、車椅子の人、点滴の器具をつけた人、包帯をぐるぐるまきにした人、抱えられてやっと歩けるという人なども来ておられた。健康な私がいては、申し訳ない気がしたほどだ。みんな闘病生活の中で、音楽が聴けるのを楽しみに集まって来られたという顔ぶれだった。

 男性のチェリストの卵と女性のピアニストの卵・・・でも演奏はとてもすばらしかった。曲目もバラエティーに富んでいて、なじみのある曲が多く、心地よいひとときだった。ヘンデルの「ラルゴ」やフォーレの「夢のあとに」など、私の好きな曲も聴けた。またいつか「詩人の恋」のときに読んだように、シューマンの「幻想小曲集」は、ピアノが単なる伴奏でなく、ピアノの曲として独立しているもののように、ピアノが歌っていた。メンデルスゾーンの「チェロソナタ第一楽章」は初めて聴いた曲だったけれど、私はかぶりつきで前の方にすわったので、チェロの響きがびんびん身体におし寄せてくる迫力があった。

 休憩なしで10曲、チェロの男性は汗びっしょりの熱演だ。ボランティアで来てくださったそうだけれど、ここに集まった人々の心をなごませ、勇気づける力は十分にあったと感じた。

 私の住んでいる町では将来性のある若いチェリストを発掘するために開かれる「ガスパール・カサド国際チェロコンクールが開かれている。カサド氏の妻だったピアニスト原智恵子さんの遺志を受け継いだ市民勇士の人々によって実現したものだそうだ。

 チェロ・・・さわったことのない楽器だけれど、その音は魅力的だ。人間の運命の悲しさもまたそのはかない世界に生きる喜びもこの楽器は伝えることができるような気がする。

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低音部の魅力

2008・11・14

 

仕事をやめてから弾き始めたピアノ、最近やっと先生について習い始めた。今まで習うのを躊躇していたのは、自分の弾きたい曲を言ったら、「あら、基礎ができていないのに、そんなの、百年早いわ。」とか言われちゃうに決まっている・・・と思い込んでいたからだ。

だから自分勝手に、好きな曲を必死で暗譜して一生懸命弾いていた。You Tubeでその曲を演奏している人のを聴いたり、CDを買ってきて聴いたりしながら、練習する。始めはいくつも、自分のできていない部分が見つかり、上達していくのがわかるのだが、ある程度までいくと、もうどこをどう直していいかわからなくなる。でも、なんだか満足できない演奏なのだ。

 ところが新しく知り合った方から、熟年組には、それなりに教えてくださる先生を紹介していただき、通い始めた。その先生のすすめで、ショパンのワルツ69―2を練習することになった。前に少し始めたけれど、途中で挫折した曲。今度は正確に暗譜し、今までの倍以上の時間をかけて練習している。

 先生が初めはゆっくり、正確に・・・というので、メロディー部分と伴奏部分、右手と左手を分けて練習するようにと言われた。今まで、憶えるのは、同時の方が速いといつも同時に弾いていたのだ。

 別々に弾いてみると、伴奏部分の和音の進行がとても美しいのに驚いた。それだけで、曲になっている。そういえば・・・同じくショパンのノクターン9-1や20番遺作も聴いていて、ときどきグンと胸にせまってくる美しい和音の進行の響きがあった。

 う・・・ん、よく考えてつくられているんだなあ・・・と幼稚な感動をしていたら、今日の「ピアノのおけいこ」(これはkazさんに紹介してもらった、ピアノ講師竹内圭子さんのメルマガ)に、こんな文章が載せられていた。

 音楽の要は、ベースかなと思うのです。
 (ポピュラー音楽では、ドラムも!)
 あの低音部分が、音楽を下からしっかりと支えているイメージです。
 練習をしているときは、指が回らない部分や、メロディー部分に
 気持ちが傾いていると思うのですが、
 客観的に聴き手になると、意外とベースラインが目立つことに気がつきます。
 聴いていないようで(聴こえていないようで)実は、低音部分は
 大切な役割を担っています。
 ピアノの左手は、ベースラインだけではなく

 中間部分の和音だったり、リズムを担当するので
 たっぷり練習して、ちょうどいいくらい。
 好きな演奏や、音楽を聴くときに
 低音部分を意識してみてください。
 なにか、新しい発見があれば
 演奏に活かしてほしいです。

 やっぱり、低音部は大切なんだ・・・ととても納得した。つい、両手で同時に弾きたくなってしまうけれど、それぞれがきちんと弾けているか、まずは、確かめなくっちゃとがんばっている。

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ウィーン・フーゴ・ヴォルフ三重奏団

2008・10・29

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昨夜は、久しぶりに池袋にある東京芸術劇場に出かけた。ケーブルテレビの企画で毎年秋にクラシックコンサートが開かれるのだが、なんといつも籤運の悪い私が抽選で当選!

今年は2007年に結成された「ウィーン・フーゴ・ヴォルフ三重奏団」の演奏だ。イタリア人ピアニストのマリオ・フォルメンティと前のウィーンフィルコンサートマスターのヴァイオリン、ダニエル・ゲーデ、そして現在も楽団員のチェリスト、ラファエル・フリーダーというメンバーである。

東京芸術劇場は、私がまだ西武沿線に住んでいた頃にできて、何回か行ったことがあったが、ほんとうに久しぶりで懐かしかった。大ホールは、約2000人収容のホールだが、ほぼ満席、あの立派なパイプオルガンも健在だった。

プログラムは、モーツァルトの「ピアノ三重奏曲、第7番、ト長調 K564」ベートーヴェンの「ピアノ三重奏曲、第5番、二長調、作品70-1(幽霊)」、そしてドヴォルザーク、ドビュッシー、クライスラー、ピアソラの小品だった。小品の何曲かは知っていたが「ピアノ三重奏曲」は、ふだん、あまり関心もなく、聴いたことがなかった。

私はマイナーの曲が好きなので、「ああ・長調か・・・」と思っていたが、モーツァルトのト長調も途中で短調に転調し、ベートーヴェンのニ長調も第2楽章はニ短調になっていた。特にベートーヴェンの第2楽章は、甘く悲しげな美しい旋律の中におどろおどろしいフレーズも出てきて、情景が目に浮かぶようなとてもドラマチックな曲だ。チェロという楽器の魅力がとても際立ち、ソロの部分では、惹き込まれてしまうほど魅力的だった。

ピアノの音色もとても美しかった。弱く小さな音もしっかり聞こえてきた。またドビュッシーの「花火」など力強く迫力のある演奏では、身体全体を使ってピアノに向かい、勢いで椅子が左右にカタカタ!とすべっていてはらはらした。()

また最近ヨーヨー・マさんたちの演奏でCD化され、人気が出ているというてピアソラの曲「オブリビオン(忘却)」や「ブエノスアイレスの秋」もとても美しい曲だった。私の父も昔、バンドネオンに熱中していたことがあったので、きっと世界的なバンドネオン奏者だったというピアソラに憧れていたのかも知れない。

アンコールは3曲もあって大満足の演奏会だった。

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J・Sバッハの音楽 その2

2008・9・25

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 継母は音大で声楽を専攻した人だった。でもピアノも少し弾いていて家ではインベンションやソナチネ・ソナタアルバムなど毎日同じような曲を練習していた。その頃私はピアノに関心がなかったのだが、ずっとあとになってからも耳に残っていたのは、インベンションの何曲かだった。私もやってみたいなあ・・・と思い立って練習を始めたが、なかなか難しい。なんとか弾けるようになったのは、1番、4番、13番。特に4番の最後の方と13番の中ほど、そしてCodaのところは、弾いていても涙が出るほど、なんとも言えない美しさがあって、「なんで、こんな美しいメロディーや和音の響きが作り出せたのか、それも単調な連続音の組み合わせで・・・」と感動した。

 でも、インベンションのCDやとりわけグレン・グールドの13番などを聴くようになってこんなに速くはとても弾けない・・・無理だ・・・とあきらめ、遠ざかっていた。

 それでもときどき、バッハ病が発生して、CDを聴きながら、このようにゆっくりな曲なら弾けるかも・・・と楽譜を探し回り、その楽譜を見て「ん・・・これって手が3本ないと弾けない!!」とがっかりする。その繰り返しだった。

 私に、またバッハの曲を弾いてもいいんだよ・・・と思わせてくれたのは、オランダ人のピアニスト、ルイ・レーリンクさんだ。ルイさんの「プレリュード849番」を聴いたときは、ものすごく心打たれた。こんなに優しく繊細で美しいバッハもあったのだ・・・と。

 ルイさんは193センチもあり、1オクターブ半(ドからソまで)も届く大きな手だけれど、彼のバッハの曲は優しく歌っていてロマン派の曲のように聞こえた。それまで私の手元にあったバッハのピアノ曲CDはグレン・グールド、ブーニン、タチアナ・ニコラーエワ、ウィルヘルム・ケンプ、スヴャトスラフ・リヒテル、イェルク・デームス、アレクシス・ワイセンベルクなどだった。私はワイセンベルグのようなおおげさなバッハより、淡々とした味わいのケンプやリヒテルのようなバッハが好きだったが、ルイさんのは、それらとまた少し違った感じだった。

 ルイさんは演奏家としては有名な方ではないけれど、バッハをこよなく愛し、「その美しさを自分なりに味わい、楽しめばいいのだ」と気づかせてくれた。

 またルイさんが「ロマン派の作曲家たちは、それぞれ自分の歓びや悲しみ、悩みを音楽にぶつけ、表現したけれど、バッハは、個人というより人間全体、人類のそうした感情を神に向けて表現した」というようなことを言っておられたのが、とても心に残っている。

 バッハの音楽は確かに宗教と強く結びついていたし、彼の作品の多くは、そうした必要に迫られて生まれ、演奏された。しかし、彼の音楽はそうした宗教(キリスト教)的背景を持たない我々の心をも掴み、揺さぶる力を持っている。バッハはやはり、源氏物語の作者と同じく、人間を深く見つめていたのだと私は思っている。

ルイさんのホームページ

http://www.pianonet.jp/

インベンションD-MOLLのレッスンhttp://www.pianonet.jp/lesson/video/lesson3.htm

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